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マーガレットのアップルパイ


ワーキングホリデー時代に住んでいたフラットは、子供が揃って独り立ちして、 余ったスペースを仕切って作った2世帯住宅の片割れで、ドア1枚隔てて すぐ隣には大家さん老夫婦が住んでおりました。
このマーガレットとフランク、40年程前に移民してきたイギリス人で、不慣れな私を洗濯の干し方、 ごみの出し方、洗剤はここにはコレ、トイレ掃除の仕方から、 魚はここで買うといい、電気の節約の仕方など何から何まで躾けて下さいました。

電気はメーターを大家さんが読んで「今月はあなたたちは幾らだった」と教えてくれるのに 従ってお金を払っていましたので、先月はこうだったのに今月はこうなったと、 完全にバレておりまして、申し開きもございません。
もちろん使用量が減ると褒められますし、大家さんは単に「無駄にお金を払わせたくない」 一心で「日が沈む頃にはカーテンをしっかり閉めて保温するのよ。」 「電熱ストーブは3本つけるのは5分くらいにして、あとは1本にするといいのよ。」と 忠告してくれるのです。
「今時、親でも言わないよねぇ。」と、いつも感心しながら、ご忠告に従って、 電気代を節約したりしてました。

口うるさいっちゃーそうなんですが、その心根が暖かいじゃありませんか。
普通キウイ(NZ人)は洗濯物を干して雨が降って来ても、乾いてないもんは同じだって ことか、そのまま濡れるに任せているのですが、マーガレットはよく取り込んでおいてくれたなぁ。
下町の人情とかって、お土地柄じゃないのね、お人柄なのねと 改めて思ったものです。


さて、ブリティッシュ・ポップスの全盛の頃、ボーイ・ジョージを気取って ドレッドヘアにしてみたり、ユーリズミックスをうなったりしていた私は、 イギリスのティなるものに興味津々でありました。
「箸の上げ下ろしを細かく指導しそうな、あの英国熟年婦人らはどのような ティをするのだろう・・・?」

そんなファッションも手伝ってか、銀座などでは「本格英国式ティ」を 楽しめる所なども現れましたが、まさか毎日毎回庶民がシルバーの 3段プレートにタルト、キュウリのサンドウィッチ、スコーンなんて 事しているとは思えない。

さて、ここニュージーランドも面白いことに、10:00頃になると 職場でも学校でもそそくさとお茶の用意が始まります。
なんですか子供が幼稚園に行き始めると、お母さんたちはお当番で 子供達のお茶の世話をしに行くそうな。
果ては、シーカヤックなんてしていても、「さーてお茶にしますかぁ」と、 上陸する。

やっとのことで起き出して、学校に着いたはいいが、授業内容もフワフワと、 なかなか本格的に覚醒しない。
そんな時の10:00のお茶「スモーコ」タイムは、正に「救いの神」的時間でして、 アレがあるからランチまで集中して乗りきれる。
午後も午後で、15:00位になると、自然集中力がなくなってくる。
昔、保健体育の授業で人間の集中力が持つのはせいぜいが2時間だ、と習いました。
なかなかどうして「スモーコ」タイム、理に叶った風俗習慣でございます。

普段の「スモーコ」では、そんないちいち、焼き立てのスコーンに、ボッテリリッチな 生クリームのホイップ付けて、ベリージャム・・・なんて所謂「クリームティ」を やっている筈はなく、「はーい、みんな何飲むー?コーヒー?紅茶?ハーブティ?ミルクいる人ー」と それぞれの今日の気分を聞いて、お茶を入れる人が出て来て、中心には クッキー、NZ弁にするとビッキーの袋がドカン。
そんなものなんですけど、あの「スモーコ」の時間だけは、その日寝坊して乗り遅れた人も、 とりあえずキッチリ守る。

日本ではもう4ツや8ツって大工さんとかじゃないとしませんもんね。
おやつって言葉は残ってますけど、「おやつ」は学校からウチに帰ってから お相撲の最後の方の取り組みなんか見ながらしてたもんなぁ。
お相撲ない時は、「スプーンおばさん」見たりしてねぇ、しみじみ・・・。

私思いますに、ニュージーランドの人は総じて、今でも朝早く夜早い。
確かに、日本に比べ、夜の誘惑が壊滅的に少ないというのも 理由になるのですが、これ、もしかして「スモーコ」が陰ながら支える 健康的な習慣なのかもしれません。

面白いのは4ツは朝10:00だし、8ツ(正確には8ツ半)は15:00。
江戸時代、4ツは昼食、8ツは夕食、子供はさっさと寝かしてしまって、 大人は行燈を薄暗くつけて、もう少し内職したり、酒の肴で 1杯やったり。
ニュージーランドのティには、未だ「食事」の意味が残っていまして、 「ティしてく?」と言われて、ちょっとお茶と思っていたら、 食事が出てきて吃驚した、なんて事も起こります。
詰まる所、今のスモーコタイム、昔のティタイムも 江戸と同じ4ツと8ツだったんですね。
人が「お天道様」と一緒に寝起きしていた頃は、国境を超えて、 食事時間が同じだったなんて、宗教も文化も関係無く、人は お腹が空くものだ、なんて可笑しくも楽しい話です。


さてさて、話は元大家さんのマーガレットに戻りまして・・・。
何かケーキやらクッキーやらが美味くたくさん焼けた暁には、お隣に持っていったり、 頂いたり。
フランクもマーガレットも冒険心を要する食の探求はもうしたくない年齢でありましたので、 お寿司なんかを持っていくよりも、お菓子類の方がよかったようです。
私が持っていったりするものは、ハーブのお師匠様から教わった、「ローズマリーの ショートブレッド」やら「カレンデュラのクッキー」やら、なんとなく拾い食いの香りのするもの。
マーガレットはスコーンやらアップルパイなどのこっち風のもの。

こと、ここネルソン地域は果樹の栽培も盛んで、「フルーツピッキング」の時期になると、 ピッカー達がどっとリンゴやら梨やらを摘みに繰り出す。
リンゴもなかなか色んな種類があるのですが、パイにすると良さそうな、 身の引き締まった、コブリで甘酸っぱい、紅玉よりももっと固いそんな 古風なリンゴも大変お安く出まわるのです。

ニュージーランドの主婦であれば、多分リンゴを使ったデザートの2つや3つすぐできるの ではないでしょうか?
その大半が焼きたての熱々に、冷たいホイップした生クリームかアイスクリームを たっぷり添えて、溶け加減のいい所を食べる、そんなのだと思います。
マーガレットのアップルパイはGranny Smithという青リンゴを使った、レモンの香りも爽やかな シンプルなものですが、これがまたバニラアイスと非常に相性が良くって。
< レシピ >
リンゴを4ツ切りにして芯と皮をとり、5ミリ幅のくし切り。
レモン汁とグラニュー糖を好みの分量加え、柔らかくなるまでサッと煮ておく。
パイ皮は4の小麦粉と少々のベーキングパウダーに2のバターを溶けないよう揉み入れ、 ギュっと押せばひと塊になるまで冷水を加え、2等分し、1方をパイ型に敷き、 冷めたリンゴを乗せ、その上にもう1方のパイ皮を伸して蓋をする。
余った皮で飾りをつけ、空気穴もちょっと空けて、牛乳を表面に塗り、グラニュー糖を ふって160-170℃のオーブンで30分。
美味しそうな焼き色が付いたらできあがり。
熱いうちに切り分け、アイスクリームか冷たいクリームをたっぷり添えて食べる。

基本はこれなので、リンゴを煮るとき、寒い日はシナモンを入れてみたり、 暑い日はミントや生姜をいれてみたり、お砂糖もグラニュー糖の変わりに三温糖にしてみると ちょっと田舎風になったりして。
リンゴの鍋にバターを入れて炒め煮風にして、カラメル風味を付けるっていうのも。

色々やってみましたが、やっぱりマーガレットがちょこちょこっと作って持ってきてくれた あのパイの境地にはなかなか至りません。
イギリス老婦人、かくも底深し。


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