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拾い食い・海編


ニュージーランドの田舎町で絶望的に手に入らないもの、それは 青身の魚です。
流石イギリス文化圏だけあって、白身の魚のフリッターと揚げイモを 大版のわら半紙に包んだフィッシュアンドチップスはどこに行っても食べられます。
その白身の魚も、何にも言わずに「フィッシュ」を頼めば鮫、 他にメニューに載っていれば鱈、鯛、鰈、ホタテなんかも食べられます。
ニュージーランドでは塩とレモン、マヨネーズというのが フィッシュアンドチップスの調味料の定番ですが、 「モルトビネガーかけて」というと、何故か嬉しそうな顔になる 店のおじさん、食べる時酢でむせるくらいかけてくれます。

しかしながら、そうそう揚げ白魚も飽きが来ます。
やっぱり、鯵や鰯・・・ひとたび思い出すというと、ヨヨヨとなってしまう。
鯵の開き、鯵のたたき、生姜煮、鰯の梅干煮、鰯の蒲焼・・・・ヨヨヨ。

ではニュージーランドの海には鯵や鰯がいないかというと、イエイエいるらしいんです。
ただ、食べる人がいないので市場に出ない。
シマアジなんかはニッポンに連れて行かれてしまうらしい。
赤い靴の女の子の逆バージョン、トッテモカナシイデース。

これはもう実力行使しかありません。
でもでも、叔父に瀬戸内でイイダコ釣りにつれて行ってもらったのが、 唯一の私のワイルドキャリアでして・・・。
あ、後、堤防からフグ釣った事あるー・・・ム、ムナシイ。

と、いうことで、「1年の計は元旦にあり」遺伝子をしっかり父から 受け継いだ私が「今年の目標」に掲げたのが、「ニュージーランドで鯵の開きを作る」 なのです。
しかしながら、釣り歴もかなり変則的なのが1回という私には、大きすぎる目標なのかもしれません。
アウトドア屋さんに行く度に、立派なつり竿の片隅に置いてある、 割り箸状の木の棒にタコ糸が巻いてあって、錘とおっきな釣り針の付いた、私にはオブジェにしか見えない物体を ひねくり回した挙句、結局買わずに帰って来るの繰り返し。
「今年の目標」は未だ達成されず、4月も後半に入りつつあります。

そこで、「狩猟」ができない人間は何をするか。
そうです「採集」、これ太古の昔からの法則。
拾い食いとも言いますなぁ。

幸い、ご近所のエイベル・タスマン国立公園は汚染の心配にいらない フィールドの上に、私がチョロチョロ行って採集するようなところは 禁漁区域に指定されていない。
そして、何よりライバルが少ない。

私は武蔵野台地で育ちましたので、海の拾い食いボキャブラリーは無きに等しく、 情けない限りなのですが、やはりニッポンジンですので、 海洋生物事典に「食べられる=edible」なーんて書かれている貝などを 見つけると、こう血沸き肉躍る訳です。
ところが、ヨーロピアンは「ふーん」としか思わないんですね。
こっちの人が積極的に食べよーかなーと行動を起こすのは、 せいぜいがマッスル(ムール貝)止まり。

ふふふ、マッスルもいいんだけど、私の好きなのはコックルなのだ。
ここなコックル、殻白く、厚く、表面に赤貝のようなデコボコのある2枚貝。
殻の内側、白地に紫色の染みありて、身は肌色、ハマグリの痩せたようなのにて大変ヘルシー。
と、いいますかハマグリって食べつけないので、はっきり言えないのですが、 コックルを食べてみて「ハマグリってこんなんじゃなかったっけ」と、 思い出したので、多分似ているんだと思います。

大きさはアサリ大のから、お土産の立派なハマグリ大のものまで、いっぱい砂に埋もれていますが、 食べやすいのはその中間辺りでしょうか。
ウチのシーカヤックガイドさんが「この辺がよかろう」というところに、 手を熊手状にして砂をガサーっと掘ると、出るわ出るわ。
しばし、無言で掘りつつも、頭の中では「イレグイ、イレグイ、あ、ちょっと違うか」 なんてくだらない事を考えてたりして。

海の水と一緒に家に持ちかえり、砂だしをしっかりさせて、ニンニクと生姜で殻のまま 炒めてシャンツァイ(コリアンダーの葉っぱ)を散らして中華風、 酒蒸しにして出たスープでご飯を炊いて身と針生姜を散らして 深川風、もちろんボンゴレビアンコ、ロッソ、お味噌汁。
あはは〜、随分殺生してますなぁ。
それにしても、蛋白質を自分達で取ってこられた日っていうのは、 なんというか、「やったー」という達成感に満ちてしまいます。
これって野生の血でしょうか。
やっぱり釣りやってみなくては・・・。

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