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『スポーツ随想』第2回










人気上昇シーカヤック ――― リュウ・タカハシ

山陽新聞 夕刊 2001年11月19日(月)号


 シーカヤックは人気上昇中アウトドア・スポーツ。でも世間の認知度はまだ低い。そういうわけで今回はシーカヤックへのいざない。
 シーカヤックは読んで字のごとく「海用カヤック」。ちなみにカヌーとカヤックの違いは諸説例外があるが、「カヌーはデッキのないボート」「カヤックはデッキのあるボート」とご理解いただいて差し支えないだろう。
 シーカヤックの特徴はスピードと積載性。そもそもカヤックはイヌイットらが発明し、極北の海で海洋ほ乳類の猟に使われてきた艇だ。なるほど、それならこういう性能にも納得がいくし、夏のレジャーというイメージとは裏腹に、日本ならば真冬でも快適に遊べることにも気づくだろう。
 つまり旅好きナチュラリストにとって、これは最高の「足」なのだ。バックパッキングよりずっと速く、自転車よりずっと多くの荷物が積め、しかも海には道さえない。こんなに自由奔放な旅の道具、他にあるだろうか?
 では静かな海にこぎだしてみよう。最初の5分はオッカナビックリ。でも慣れてきたころ、未体験の開放感が芽生えてくる。私の場合は、ハンモックに揺られつつたき火を眺めているのと似た幸福感が身を包む。
 少し慣れたら小さな旅を。例えば、走り慣れた海岸道路沿いにカヤックを進めてみる。見慣れた場所の隠れた景観に、だれもが息をのむはずだ。
 あるいはお気に入りの酒とさかな、本とハンモックを積んで、無人島昼寝ツアーとしゃれ込むのもたまらない。今日の私なら、地元ブリューワリーの黒ビール、近所のドイツ移民のソーセージ、本はライアル・ワトソン作品から一冊を選ぶかな。
 ただし、ウォータースポーツ特有の危険はお忘れなく。初心者のうちは、信頼の置けるプロやベテランのエスコートで楽しんでください。

(シーカヤック・ガイド)

 











書斎での独白 ――― Ryu H. Takahashi


● 予定

 実をいえば、第2回と第3回で、NZのスポーツ事情をとりあげるつもりだった。 第2回が球技事情、そして第3回がアウトドア事情だ。
 ところが、第1回エッセイが真っ先に掲載された高知新聞10月12日夕刊をお読みくださった読者の方から、その日のうちに感想メールが飛び込んできたのだ。  その方は40代後半の男性で、現在はゴルフをおやりだが、私の記事でシーカヤックとニュージーランドにご興味をお持ちになったとのこと。 共同通信社の方からは、「掲載されるのは締め切りの翌週から」と伺っていたので、締め切りのわずか3日後に舞い込んだ予想外の感想には、本当に感激した。 内容も、苦しみつつも「アウトドアに縁のない方にも楽しく読める内容」を心がけたことが報われたようで、本当に本当に嬉しかった。

 このメールがきっかけで、当初の執筆予定はいとも簡単にくつがえってしまったのだ(笑)
「シーカヤックにご興味をお持ちいただいたのならば、その勢いで今度はシーカヤックをご紹介してしまおう!掲載時期は11月で、シーズンとしてはタイムリーとはいえないけど、まぁかまうことはない!」
ってなもんで書き上げたのが、今回の原稿だった。

 ただし、日本では「カヌー」という言葉が主流で、「カヤック」という言葉はまだあまり浸透していないし、カヤックという言葉を使えば「カヌーとどう違うの?」ときかれてしまうという経験を考えると、わずか700字強の限られたスペースの中で、どうしてもこのあたりも文中で触れざるをえない。
 これには苦労した。 こういう説明を全部オミットできる専門誌やウェブ・コンテンツとの違いを改めて痛感し、専門用語をドンドン使えることの楽チンを再認識すると同時に、専門用語を廃することこそが、何かを世間一般に広める際に一番大切なことだと、再確認した。

 って、結局前回と同じ話になりそうなので、ここでストップ。



● トピック

 短い文章を書くのが苦手だ、というのは、前回も『書斎での独白』で述べた通りだが、この第2回原稿を書いているときに、自分の弱点をハッキリと意識した。「1つの文章に、トピックを詰め込みすぎる」のだ。
 このサイトの文章のように、字数制限がないならば、いくつかのトピックを順に展開していくことに何の問題もない。 しかし、その癖がすっかり身体に染み込んでしまっているため、わずか800字足らずのエッセイにも、意識しないままについつい複数のトピックを詰め込もうとしてしまうのだ。 もしこのサイト内で前回分の『夢の実現』に関するトピックを扱ったとしたならば、「日本人の運動嫌い」というトピックにつなげ、最終的には教育問題にまで話が及んだことと思う。 実際、あの原稿執筆時にも、最初はそこまで書きかけたのだ。

 今回の原稿の場合は、当初シーカヤックの説明に相当なスペースを割いていた。 どうしてもそれでは字数内に収まらないと分かったとき、やっと原稿の中に「シーカヤックの説明」と「カヤッキングの楽しさ」という2つのトピックが混在していることに気付いたのだ。 今回の原稿の目的からすれば、後者がメインであることは明白。 前者は、後者の補足程度で良いはずだ。 ところが、当初の草稿の段階では、前者の方がボリュームが大きいほどだったのだ。

「これがオレの弱点か!」
と気付いた時は、目からウロコが落ちる思いだった。
 とはいえ、次の第3回分原稿執筆の際にも、またこの弱点に悩まされることになる。 そこでようやく「弱点は、なかなか克服できないからこそ、弱点である」ということにも気付く事になるのだったが、この時はまだそんなことは知るよしもなかった話(笑)



● 読者層

 前回の『書斎での独白』に書いたとおり、第1回分の原稿を提出したころに義父が危篤になったため、緊急一時帰国した。 つまり、この第2回分の原稿は、その大半を日本で執筆したのだが、これを絶好の機会ととらえ、執筆中は新聞に載っているコラムというコラムを読み漁った。

 実を申しあげれば、私は新聞はほとんど読まないタチなのだ。 ご多分に漏れず、子供のころから「新聞を読め!」と言われ続けたし、大学受験のころなどは受験問題に時事問題が出ることを警戒して、一応目を通していた。
 しかし、正直言って34年間の人生の中で、自分で新聞をとった経験は、1度もない。 特に興味をひかれる記事が載った号は、駅の売店やコンビニなどで買って読むことはあっても、定期購読はまったくする気はなかった。 「新聞を読まないと常識的社会人失格」などという通念は、高校生のころからすでにバカバカしいと思っていたし、今もその思いは同じだ。 「新聞に書いてあったんだから、これは本当よ!」などというセリフも、「新聞に書いてあろうが、テレビのニュースで流れようが、それが信憑性の裏付けになるわけがないじゃないか」とあざ笑うのが常だった。
 だから、「天声人語」の類の1面コラムはさすがに読んだことはあったが、スポーツ欄だの文芸欄だのに載っているエッセイ、コラムの類は今まで一瞥をくれたこともなかった、というのが正直なところだ。

 で、今回たくさんのコラム、エッセイを読んで分かったことがある。 1面コラムはやはりスゴイ!トピック、話の切り口、オチのつけ方、どれをとっても、スゴイ!毎日毎日これだけのものを書きつづける方は、やはりとんでもない!
 ま、これは当たり前のことで、別に今回の新発見ではない。新発見は
「しかし、他のエッセイやコラムは、新聞に載っているから必ずしもすごいというわけはないらしい」
ということだった。
 文芸欄でもスポーツ欄でもその他の欄でも、確かに流石に長年ずっと連載を続けていらっしゃる方の場合は、見事なエッセイをお書きになっていることが多い。 思わずうなるような名文も、ときおり目にした。 でも、大半のコラム、特に私のような短期間の集中連載のコラムや、明らかに単発と思われるようなコラムは、ハッキリいってしまえば玉石混交の様相を呈していた。
 一般的には常識なのかもしれないが、新聞を読まない私にとっては、結構意外な新発見だったのだ、これが。

 駆け出しの分際でエラソウなことを申しあげるようだが、特に目についたのが、どういう読者を想定しているのかさっぱり不明なコラムの多さだった。 私流にアレンジするならば、例えばこんな感じのコラムだ。

 シーカヤックのローンチングは、最も沈の危険性が高い状況の1つだ。 艇の安定する砂浜できちんとスプレースカートを装着した上で、砂浜の上を両手で艇ごと移動してローンチングするのが最も安全な方法だが、グラス艇、スキン艇など、あまり底をこすりたくない艇の場合は半分水に浮かんだ不安定な姿勢での乗艇を強いられる。 その場合は、パドルをコクピットの後ろでコーミングごとつかんでアウトリガーとして使い、艇を安定させるのがいいだろう。
 海面の状況が穏やかならば、特に問題はない。 しかし、サーフ・ローンチングとなるならば、リップカレントを探し、サーフゾーンの外に出るまではとにかく波と直角にフルパドリングをしよう

 実際にはカヤック関連コラムは見当たらなかったので、この文章自体は私の創作だが、イメージとすればこんな感じのコラムが結構目についたのだ。
 これは誰を対象にして書いているのだろう? こんなに専門用語が出てきたら、ノン・カヤッカーの一般読者にはお手上げだ。 逆に、シーカヤックを本気でやっていらっしゃる方にとっては、「そんな事常識だろうが!わざわざ新聞に載せるようなことか!」ってな話である。
 とすればこの文を興味深く読む人は、『シーカヤックにすごく興味を持っている未経験者』及び『1、2回経験した程度の初心者』。 さらに加えるならば、『知っていることでも知らないことでも、絵でも写真でも文でも、とにかくシーカヤックに関連するものならどんなことでも、目につくだけで嬉しい、というシーカヤック・オタク』。 こうした、極めて限られた人だけが対象なのだ。 日本中あわせても、これらに該当する人って、何人もいらっしゃらないのではないだろうか?

 新聞は、最も広い読者層の目につくメディアの1つだ。 そういう媒体に、こうした極めて少数を対象とするコラムを書いてしまうのは、やはりいただけないのではないか?
 こういう例を見て、なおさら「自分はキチンとしよう」と心に誓った次第。 はたしてその成果は現れているのだろうか? 今回の帰国中に、大先輩ライターの内田一成氏に見ていただいたら、「よくまとまってる」とのお言葉をいただけて、ちょっとだけホッとしたのだが・・・。

 しかし、新聞とかテレビのニュースとかといったものには、相変わらず興味がもてない。 本当に必要なニュースは、向こうから勝手に飛び込んでくるもんだ。 心の健康を保つためには、ニュース断ち、新聞断ちが一番良いと思う。 また、「判断力がないこと」は恥だと思っているが、「時事を知らないこと」は恥だとも思っていないから、世情に疎いことなど、屁とも思っていないし。
 などといいつつ、新聞にこうして連載させて頂いているのだが、これは天に唾する行為なのだろうか???



● 趣味

 もちろん、気にして読むようになったのは、新聞だけじゃない。 自分の楽しみのために読んでいた小説なども、一字一句なめるように読むようになってしまった。
 元来、私は比較的読むのが速い方だった。 一字一句を味わうよりも、リズムに乗って読み飛ばすのが好きなたちなのだ。 だから、詩の類は苦手だった。
 しかし、その読み方も、これを機にすっかり変わってしまった。 いや、変えたくなかったのだが、変えざるをえなかった。 何を読むのにも「文章術を盗む」という視線になってしまうわけで、大げさに言えば、大切な趣味を1つ失ってしまったような気分だ。
 「シーカヤック・ガイドになりたい」という方には、「本当に大好きな趣味なんだったら、プロにならずに、アマチュアのままの方がいいんじゃないですか」と申しあげることにしているのだが、これでは人のことを言えたものではない・・・。



● タイトル

 今回のエッセイだが、私がつけておいた原題は『シーカヤックのススメ』前回と比較すると、原題と新聞社のつけたタイトルとのギャップが、少し大きいような気がするのは、私だけだろうか?
 他の新聞社がどういうタイトルをつけたのか、私としても非常に興味があるところなのだが、残念ながら現在の所、私の手元にあるのは山陽新聞社の記事だけだ。

 《追記 (2002年12月19日)》

 他掲載紙も入手できたので、ご紹介しよう。

 『海の旅へのいざない』 (高知新聞 夕刊 11月30日号)
 『シーカヤックのススメ』 (河北新聞 夕刊 11月17日号)
 『シーカヤックのススメ』 (北日本新聞 夕刊 11月16日号)
 『シーカヤック 自由奔放な旅の道具』 (南日本新聞 夕刊 11月15日号)


など。 河北新聞社と北日本新聞社が、ずばり私のつけた原題どおりのタイトルで掲載してくださっていたようだ。 これは、ちょっと嬉しい。







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