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雑想録

その8 『環境問題』にはウンザリだ・・・







 しばらく前からYahoo!掲示板をちょくちょく覗くようになった。 時折書き込みもさせて頂いているのだが、そのたびにこのサイトへのアクセス数が恐ろしく伸びるのを見るだに、つくづく『Yahoo!』の威力に驚いてしまう。

 ま、それはさておき、今日その『Yahoo!掲示板』の中の生活と文化 > 環境と自然というカテゴリーを覗いて来てみた。 そしたらまぁ、驚いたの何のって! トピックの多さが環境問題への関心の高さを物語ってはいるものの、建設的な意見交換はほとんど皆無! 他のカテゴリーに比べて茶々を入れる『論客』諸氏が多いのも目立つが、それ以上に声高に環境問題改善を訴える人々も、突っ込まれて当然の机上の空論ばかり。 つくづくウンザリしてしまった。

 本当に環境を憂い、何かやらなきゃいけないと思ったら、身の回りにやれることいくらでもあるでしょうに・・・。 例えば我々夫婦の場合、界面活性剤の使用量が極端に少ないのは手作り生活その1 石鹸、シャンプーの話などでご紹介している通りだし、我々は缶ジュースも飲まない。 特に自動販売機は全く利用しない。 ま、今はそもそも自動販売機なんてとんと見かけないニュージーランドに暮らしているから利用したくとも利用出来ないのだが、1999年8〜11月の約3ヶ月の一時帰国中だって自動販売機で購入した缶ジュースはわずか1本だけ。 これは東京 - 岡山間を鈍行列車で移動中に手持ちの水分が完全に底をついてしまったとき、思案の末買ってしまったもの。 この1本だって、本音を言えば凄く不本意なのだ。
 自動販売機って、なんでもあの小さな見かけによらず、1日で一般家庭1日分の電力を消費しているんだとか。 以前は1日で家1ヶ月分と聞いてぶっ飛んだのだが、どうやらそこまでは酷くないらしい。 それにしたって、あの小さなガタイで家1軒分! あなオソロシや・・・。 細かい台数だの、正確な消費電力だののデータを知ったからどうなるってもんでもないから特に裏を取るつもりはないので、聞き書きの情報をそのまま書いてしまうが(だから皆さんにも眉に唾してから読んでいただきたいのだが)、清涼飲料水の自動販売機は日本中に285万台あるそうな。 つまり家285万軒。 どう考えたってこりゃ無駄以外の何物でもない。 実際ここニュージーランドでは自動販売機ってほとんど無いのだが、それで不便を感じるなんて声は日本人からもほとんど聞いた覚えがない。 誰も使わなきゃその中のいくつかでも当然撤去されるはずだから、日本にいる時は微力ながら使わないことにしているというわけだ。 1台が家1軒分ってのは、やっぱりどう考えてもシャレになってない。
 あるいは、今は借家住まいではあるが、その狭い庭を利用してでもパーマカルチャーの実験を始めたところだ。 やってみて実感したのだが、やろうと思えば東京の街中でも出来る代物だ。

 同掲示板内で塩ビのラップの安全性を質問する書き込みを見かけた。 不安に思う気持ちは良く分かるし、その不安感は非常に大切だと思う。
 でも、大きな疑問を感じるのだ。 安全性を質問してどうなるんだろう? 塩ビの危険性が報道されている以上ある人は「危険だ」っていうに決まっているし、「大丈夫」っていう人だって当然いるだろう。 それぞれ根拠となるデータも提示してくれるかもしれない。 結局全く意味ないのだ。 だからやれることは1つ。 不安を感じるなら、使わない。
「そんなの無理!使わなきゃ生きていけない!」
とおっしゃるなら我慢してお使いになればいいだけの話だし、どうしても不安なら使わずに済む方法を模索すればいいだけの話だ。 ちなみに使わずに済ませる方法は、必ずあるはずだ。 もちろん塩ビのラップに限った話ではない。 環境だの自然だの地球だの、そういった大袈裟な話ではなく、他ならぬ自分や家族の健康に対する不安なんだから、机上の空論に頼らずにそれくらいの決断、判断は自分で下すべきだ。

 例によって暴論承知ではっきり言ってしまおう。 今の日本の環境問題に対するアプローチは、大きく分けて次の4つだと私は思う。

  1. お墨付き、免罪符が欲しいタイプ
  2. ディベートごっこタイプ
  3. 商売利用
  4. 実践タイプ

 塩ビラップの安全性に対する質問なんかは1番目の『お墨付きが欲しいタイプ』だと思う。 『リサイクル可能』って言う表示を見て安心して無駄な消費をするのもまさしく『免罪符が欲しいタイプ』だ。 はっきりいえば、今のリサイクル・ブーム自体がこの免罪符欲しさに見えてしまう。 『ものを大切にする』という本来的な意味のリサイクルではなく、大量消費の言い訳的なリサイクルのなんと多いことか! リサイクルすること考えるより、要らんもの買わないようにするのが先だろうに。 ホントのリサイクルってのはその後の話のはずだ。
 例えば私達は、ペットボトルから出来てるエコ・フリースってのはすごくいいと思ってるし、実際お世話になってる。 だからといって、ばんばんペットボトルを買うような事はしない。 というより、まず買わない。 ペットボトル自体は便利なものなので、必要な時もある。 そういう時は捨ててあるものを拾ってきている。

 2番目は掲示板で良く見かけるタイプ。 『真に環境問題を考えるなら文明後退を』だの『原発を減らさなきゃ解決しない』だの、いろんなご立派な意見はいくらでも散見されるが、私はこういうポリシーに基づいて、こういうふうに実践してますなんてのはほとんど見うけられない。 結局環境問題ってのは、ディベートごっこの『恰好の材料』でしかないんだろう。 私がこのサイト内でさんざん言ったり、おちょくったりしている『数字のマジック』を信じて、やたらデータに拘る人が多いのにもウンザリだ。 数字なんていじりようでなんとでもなるし、特にこの手の環境汚染物質の害のデータなんてハッキリ白黒出る性質のものじゃないってくらい中学生にも分かりそうなもんなのだが、実際にはいまだに「数字は嘘をつかない」なんていってデータを最重視する人の多い事・・・。 ま、ある分野の科学ではデータが最重要であることは確かだろう。 でも環境問題を語る時に、ホントに常にデータが役に立つのか? 私はそうは思わない。 データ、データって大騒ぎするのはホントにもう勘弁して欲しい。 どうせいい加減な自分に都合のいい数値しか発表してないんだし、何年かしたらまた別のデータが出るんだろうし。 それでお互いに『机上の空論』だの『絵に描いた餅』だの言い合っているんだから世話はない。 勝手にやらせておこう。 口で言ってるだけで解決するものなら、そもそも最初から問題なんか起きやしない。

 3番目はもういうまでもなく、『地球に優しい』ってのを宣伝文句にしている会社のこと。 企業は利潤を上げるのが至上目的なんだから、本当に環境問題の解決策になるような製品を開発するのは極めて困難なはずだ。 それ自体は我々消費者が責めても仕方ないし、責められる類の話ではない。 企業とはそもそもそういうものなのだ。 だから、うかうかとその宣伝文句に騙され、免罪符的に『地球に優しい』製品を無駄に消費する我々消費者の方が悪い。 『お墨付き、免罪符が欲しいタイプ』の方々には、その事をよぉ〜く考えていただきたい。

 結局我々1人1人が、生活必需品と思っているものを果たして本当に必要なのかどうか?を吟味したり、明らかに悪いと分かっているものを断固として拒否したりする以外に方法はないのではないのだろうか? 原発やダムのことを討論するのもいいが、それよりも自分はこうやっているっていう意見交換の方が100倍効果があると思うのは私だけだろうか? 環境問題をお上に押しつけようと思っているなら、それは大きな間違いだ。 お上だって企業に他ならない。 あてになるわけがない。 もちろん、反対デモなどの抗議運動が無駄だとはいわない。 だけど、高い税金を使ってダイオキシンの出ない焼却場を作らせるより、ゴミを出さない方がよっぽど手っ取り早くて安上がりで効果的に決まってるのだ。
 口先で何かいうヒマがあれば、何か1つでも実行してみること。 信号ストップ時のアイドリングストップ、自動販売機で缶ジュースを買わない、遠くのスーパーに行かずに近所の八百屋に行く、いくらでもすぐに実行出来ることあるでしょ? これを実行されているのが、4番目に挙げた超少数派の実践タイプだ。 我々夫婦もこうありたいと思って、日々「これは止められるのではないか?」などとジッケンを繰り返しているのだ。 大袈裟な事を考えて結局何も出来ないより、小さなことをどんどん実践する方が絶対にマシだから。

 というわけで、当サイト内の掲示板でも、皆さんの実践例は常に大募集中。 いいアイディアは速攻で真似させて頂きたいと思っているので、どんどん書き込んでください。 もちろん我々のジッケンは、当サイト内手作り生活や妻Ryokoのサイト『ニュージーランド のんき暮らし』でどんどん公開していくので、気に入ったものは『自己責任』でドンドン真似してみて下さい。 口を動かすヒマがあったら、ドンドン手足を動かそう!






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