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前章では『責任論』との絡みという観点から『危機管理の定義』について論じた。 異論も色々とおありかもしれないが、机上で言葉遊びの定義論を展開するのは私の本意ではない。 あくまでも『いかに死なないか』の技術向上が私の望む所である。 先達には教えを乞いたいし、後から来る方にはヒントを差し上げたいし、同朋とは意見を交わしたい。 そこで定義論はとりあえず棚上げし、本項からは実際の危機管理技術向上のためのノウハウを書き綴っていきたいと思う。 今回はまず1番大切な『意識』について書いてみよう。 前章でくどくどと定義論を述べたのも、『危機管理とは要は自分の命を守る技術の事だ』というシンプルなことが念頭にないと、明確な意識も持てないと思ったからだ。 さて、いつものようにまず例を挙げよう。 前章で挙げた、ジョンと私と3人の初心者からなるシーカヤック・ツアー・グループの話を思い出していただきたい。 前章の主人公はジョンと私だったが本稿では残りの初体験の3名にスポットを当ててみよう。 仮に彼等の名をタケシ、ボブ、メアリーとしよう。 初体験の彼等3人は、シーカヤッキングにおける危機管理に必要な情報も技術も全く持っていない。 そして3人の体力、運動能力などもやはり同等だとしよう。 この場合、彼等の危機管理能力は、等しくゼロなのだろうか? もし彼等の危機管理能力がゼロだと、彼等が怪我をしたり命を落としたりする可能性は全く同じであり、あくまでも運任せということになる。 結論から言ってしまえば、全く同じように情報も技術も持たない初体験の人を比べてみても、明らかに危機管理能力には差があるのだ。
わかりやすいように極端な話をしよう。 ここまで極端な例でなくとも、能力差は必ず出て来る。 ボブもアウトドア初体験の完全なインドア派で、体力、運動能力、情報量、初めて接する事柄に対する理解度等もタケシ同様だとする。 違いは性格。 ヘラヘラして人の話を半分しか聞かないタケシに対し、ボブは他人の話を素直に一所懸命聞こうとする。 どちらが危機管理能力が上かはご説明するまでもないだろう。 危機管理能力は『技術』だ。 危機に関する情報を収集し、危機を予知したり避けるためのノウハウ・技術を身に付け、適切な道具を用意する。 さらには万が一危機に遭遇した時にレスキューされることも想定して準備する。 これらの技術を総称して『危機管理』という。 そして、それらの技術のベースとなるのは、『意識』だ。 この『意識』が欠如しているとどうなるか? いろいろなシナリオがあるだろうが、例えばこんな風なものが考えられる。
・危機的状況をイメージ出来ない 先のタケシの例の場合、初挑戦時にいきなり極限状況に放り込まれてしまっている。 事前のインストラクションの時に危機的状況をイメージ出来ないが為に危機管理の必然性を感じていなかった彼は、ガイドが教える内容を例によって話を半分しか聞いていなかったため、きちんと理解していない。 よって、同じ初体験のメアリーやボブと比べても、水の上に出た段階ですでに危機管理能力に差が生じているのだ。 たかだか1時間のインストラクションの間でさえも、意識の差が情報量や技術の差となって現れてしまうのである。 好天のままツアーが終われば別段何という事も無いのだが、一旦海が荒れてしまえばタケシが無事生還する確率はメアリーに比べてグッと低くなるし、ボブと比べてもかなり低くなるのは間違いのないところだ。
さて、架空の例から現実の私の体験に話を移そう。
私が仕事で引率する日本人のお客様たちを見ていると、どうもタケシ型の方が目に付く。
恐ろしい話である。
(タケシ型の実例は次章にまとめたので後でごゆっくりご覧頂きたい。
また、ドライバッグその2で笑い話仕立てにした中にも、タケシ型が含まれているのでご参照頂きたい。) 私が観察する限りでは、後者の方達がメアリーのような熟練アウトドアズマンである例は極少ない。 むしろ、この差はどうやら『恐怖感』に起因するようだ。 カヤッキングというと初心者の方は沈、つまり転覆を恐れる。 実は一口に沈と言っても、『危険な沈』と『レスキューする前に全員で指差して笑ってやって構わない安全な沈』があるのだが、それはある程度『沈経験』を積んだカヤッカーにしか分からない話。 初体験の方は普通、兎にも角にもいかなる沈も避けたがるものだ。 が、この沈に対する恐怖感は人それぞれ差がある。 中には沈を体験してみたくてタマラナイなんていう方もいらっしゃるのだ(今シーズンはなんと4名の方が沈体験を希望!!)。 逆に「沈したらその瞬間にショック死するかもしれない」とこちらが心配になるほど極度に沈を恐れる方も少なくない。 こういう方は、ガイドのインストラクションをキチンと聞こうと努力している。 それが危機管理に繋がる。 皮肉な話だが、臆病な人のほうが危機管理能力が上というわけだ。 臆病者が生き残るのは、何もホラー映画に限った話ではない。 結局、『意識』を左右するのはこの『恐怖感』だ。 シーカヤッキングの世界に引き返すタイミングは、ホンの少しでも「怖い」と感じた瞬間だという言葉がある。 『恐怖感』は事前に危機的状況をイメージする想像力であり、行動中に危機を感じるアンテナである。 これをバカにしたり突っ張って無視したりしてると危機に向かってまっしぐらである。 それではいくら危機に対処する技術を持っていてもキリがない。 いつかはミスを犯して命を落とすに決まっている。 まず『恐怖感』を大切にし、危機的状況をイメージすること。 そして、それを『危機管理意識』に転化し、必要な情報を集め、適切な技術を身につける。 そして行動中も『恐怖感』をアンテナにして、忍び寄る危機に対して警戒を怠らない。 実際に危機的状況に直面した際は、この恐怖感がパニックを引き起こす要因になりうるというデメリットも持ち合わせている。 これは普段からのイメージトレーニングと、技術向上のための訓練を繰り返して対処するしかないだろう。 『意識』が未熟だと目の前の情報も上手く活かす事が出来ない。 先ほどのタケシとメアリーに再度登場してもらおう。 恐怖の初体験から生還した2人は、懲りもせずシーカヤッキングにハマり、それぞれ練習を積んで腕を上げた。 そして偶然にも同時期に北海道一周単独シーカヤックツアーを計画したとしよう。 もちろんお互いはそのことを知らない。 あくまでも全く別々の単独行である。 これは本人達がどう思っているかは別として、単なるツーリングというよりはエクスペディションの域に入るものである。 さて、このエクスペディションに使用するにあたって艇を新調しなくてはならない。 2人はやはりそれぞれ別々に、しかしまたしても偶然にも同じカヤックメーカーに問い合わせのメールを出す。
タケシ
メアリー どちらが適切な返答を受け取れるかは説明の必要もないだろう。 つまり、これはそのままエクスペディションの成否に関わってくる問題だ。 危機管理意識の差が、これほどの差を生み出すのだ。 タケシの場合は危機を明確にイメージ出来ていないので何に注意して艇を選べばいいのか分かっておらず、それがそのまま質問状の文面に表れている。 それどころかタケシのメールでは人数さえわからないので、アドバイス側は薦めるべき艇がシングル艇なのかタンデム艇なのかもさえもわからない。 これでは適切なアドバイスを受けられるはずがない。 極端な例だと笑う事なかれ、私は実際にタケシよりもヒドイ例さえも知っているのだ。 これは何も質問する時だけに現れるわけではない。 同じ本を読んでいても、実際に身に付く情報量が歴然と違ってくるし、同じテクニックを練習していてもそれを使うべき状況をイメージ出来る人間と出来ない人間では、身に付く技術の質に歴然とした差が生まれてくる。 私が実際のノウハウの第1段階としてまず『意識の重要性』を持ってきたのはそういうわけだ。 |
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