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危機管理考


その6 雑誌に見る悪い例







<お願い>
 前章に引き続き、今回もカヤッキング関連のネタを取り上げている。 もちろんここは『危機管理考』のページであり、カヤックネタのページではない。 だから、あえてロールネタを取り上げているのは、これが全てに通じる例だと思うからだ。 そういう意味でカヤッカー、カヌーイスト以外の方にも目を通していただきたいと切に願う次第である。






 実家から荷物が届いた。 日本からの救援物資は本当に毎回毎回心踊るものである。 子供の頃のクリスマスプレゼント、誕生日プレゼントに匹敵するワクワク感である。
 毎回アウトドア雑誌、カヌー雑誌の類も入れてくれているのだが、今回は小学館発行のBE-PALの2000年6月号が同封されていた。 特集は

特集 川の流れに身をまかせる
   「ぶらぶらツーリングカヌー」入門講座

     野田知佑は
こんな気持ちいいコトしてきた

である。
 私自身も創刊直後からのBE-PAL愛読者だ。 このサイトの自己紹介の『心の師』の1人に野田氏の名前を挙げさせて頂いているように、私も氏の影響を大いに受けた1人である。 だからこの号は読んでみたいと思っていたのだ。

 さて、1ヶ月半遅れで手にしたこのカヌー入門特集を読んだ感想だ。 タイトルを見ればもうお分かりだろう。 眉をひそめてしまったのだ。 いや、正直にいおう。 ただ眉をひそめる程度の話なら、『雑草録』『ドライバッグ』なんかに書けばいい。 それをあえてこの『危機管理考』で取り上げたという事は、それだけの意味があるのだ。

 ハッキリいう。ここまで危機管理情報のお粗末なウォータースポーツ紹介記事が、こんなに堂々と流通するだなんて、どういう事なんだ!!!???

 カヌーカヤックっていう乗り物は、それはそれは気持ち良いものである。 それは私も自信を持って断言する。 そして私自身ロデオとかスラロームなどのスポーツ系カヤッキングよりも、ぶらぶらプカプカとのんびりツーリングする方が好きなタイプだ。 だから、この特集の主旨自体は非常によぉく理解出来る。

 しかし、だからといって危機管理情報を素っ飛ばしていいのか?
 BE-PALといえば、おそらく1番売れているアウトドア雑誌だろう。 しかも入門的な紙面作りだから、読者層の中には初心者も極めて多いはずだ。 危険情報を載せると、せっかく盛り上げたのんびり気分が台無しになるから載せないのか?

 いや、危機管理情報が欠落しているだけならまだいい。 P.30〜31の『エスキモーロールさえなければ』というページを見ると、むしろ読者を危険にいざなっているような節さえ見うけられる。 これはプロとして断じて許しがたいことである。

 確かに同誌の、肩肘張らずに身近なところからアウトドア気分を満喫しようという編集方針は素晴らしいと思う。 同号を見ても、巻頭の『アマガエルの天気予報器』なんか、ホントに同誌らしいいい記事だと思う。

 だが、命の危険が大きいジャンルに関して『ご近所散策アウトドア』や『アウトドア風インテリア』なんかのページと同じ気分で編集するのは、無茶なことこの上ない話だ。 そういう編集方針を徹底したいのなら、リスクの大きなジャンルに関しては取り上げないことだ。

 残念なことだが、危機管理を読者の常識に任せるのは無理があるのだ。 それが出来るくらいなら、この『危機管理考』というページも不要なのだ。 この『危機管理考』でも例を挙げたように、日本人の危機管理意識は非常にオソマツなのである。
 しかも日本人にはいわゆる『権威に弱い』という弱点がある。 BE-PALというメディアは言うまでもなく『権威』である。 特にこの記事が対象としている未経験者、入門者、初心者は、書いてあることをはそのまま鵜呑みにすると思っておいたほうがいい。 これがどんな事態を引き起こすことになるのか、このページの担当者安藤真樹氏は理解していらっしゃるのだろうか?

 あまりにヒドイので当該P.30〜31を全文を引用する。 私がポイントと思われる部分に関しては色を変えた。

  • =もっともだ!
  • =おいおい、そりゃ違うんじゃないの?
また(*1)などの部分は、その部分についての私の意見を後述しているという意味である。 それ自体が後述の意見へのリンクボタンになっている。


TECHNIC

エスキモーロール
さえなければ


大丈夫。あの野田さんも、
この20年間ロールはしてないそうです。

「エスキモーロールって、ミルキー風味なパンのこと?」とは転覆隊コック長チャーミー板井の名ゼリフ。 “エスキモーロール”。 確かに食べ物を連想させるフレーズだ。 でも残念ながら不正解。 正解は沈した後にリカバリーするカヌーの技の名前。
 もうちょっと細かく説明すると、パドルと身体の動きを駆使して、ひっくり返った艇を起き上がらせ、元の状態に戻してしまう技術のこと。
 ところがこのロール、えらく難しそうな雰囲気なのだ。 パドルと身体の使い方がわかりにくいし、水中で逆さまになれば方向感覚も失われるはず。(*1) さらに水への恐怖心もある。
 通常、カヌーのスクールに入ると、基本的な動作を覚えた後でロールを教わる。 ここで挫折してしまい、カヌーから一歩引いてしまう人も多いのではなかろうか? ロールができないと川下りは楽しめないという先入観に捕らわれ、ロールさえなければ・・・。
 ロールができなきゃ川を下ってはいけないのだろうか?
 ちなみに大先輩の野田さんはロールをどう考えているんだろう?
「そんな風にまじめに聞かれると困るのだ。 できたほうがいいに決まっているではないか。 遊びとはいえ、技術はあるにこしたことはない。 技術をたくさん学べば学ぶほどカヌーは面白くなる。 また広い湖や海で沈した場合、ロールができないと事故になる可能性が大きいのだ。 だからロールぐらいは身につけたほうがいい」(*2)
 確かにロールができなければ致命的な事故を防ぐこともできるだろうし、川遊びの幅もグッと広がる。
 そして漕ぎ手の負担をかなり減らしてくれるのも事実なのだ。 通常カヌーがひっくり返ると沈脱(沈没+脱出の略)といって、スプレーカバーをはずして漕ぎ手が脱出。 その後に艇を回収して、中に入っている水を抜くことになる。
 これらの作業は面倒で、しかもかなり疲れる。 これは転覆隊の本田隊長が“沈7回限界説”を打ち出したことからもわかるだろう。
「転覆隊は全員、ロールができません。 練習したこともない。 ロールをやってしまうとカヌーが遊びじゃなくて単なるスポーツになる気がしてね。 沈して打ちのめされてはじめて自然と腹を割って話せるというか、川遊びを満喫できるというか。 沈して泳ぐのもまた楽しい。 川の上から下まで体感できるじゃない。(*3) ホントは沈したくないんだけどね(笑)」
 とは転覆隊の本田隊長の意見。
 なるほど、考えてみればカヌーは泳いでしまうことが前提のスポーツ。 だったら沈して川に流されながら、水と戯れてみるのもいいではないか。
 実は野田さんもロールの重要性を踏まえたうえで、こう続けている。
「ぼくはカヌー歴30年だが、この20年はロールをやっていない」
 もしそこで沈脱しても笑っていられそうなところなら、どんどん突っ込んでいって泳げばいい。 やばそうならさっさとスカウトする。 要するに、自分の技量と、川の状況を認識し、GOとSTOPを判断できればよいのである。(*4)
 確かにロールはできたら便利。 だけど、できないからってカヌーが楽しめないということはまったくない。(*5) 泳いだら、みんなに笑われて、ちょっぴり苦しい思いをするだけのこと。(*6)
  ロールができる人には味わえない、水の恵みを体いっぱい感じましょう。(*7)




 『Ryuの論破ールーム』

 引用してても、あまりのひどさにウンザリしてしまった。 まぁいい、とりあえず一つ一つ検証してみよう。 ちなみに(*1)などの冒頭の番号は上記の該当記事部分へのリンクボタンになっているので、元記事を参考にしたいときはご利用下さい。

(*1)  ロールは考えてやるものではない。 ロール自体に関してはドライバッグその5 ロールの話及びドライバッグその6 続・ロールの話で詳述したが、『その5』の最後に書いた通り、ロールってのは頭で考えればわけが分からなくなるのは当り前なのだ。 しかし、つべこべ言わず、頭も使わず、とにかく黙っていわれた通り素直にやってみれば、せいぜい1時間以内でマスター出来てしまう程度のシロモノなのである。 自転車に乗れるようになるより易しいほどだ。 現に上の文章と同じページ内に同ライター氏が15分以内でマスターしたという囲み記事が掲載されているではないか!
 頭で考えて難しそうっていうんだったら、この世の中すべて難しくて出来ない事ばっかりだ。 テレビゲームやPCだって、やらずに考えればどえらく難しそうにみえるはずだ。 つべこべ言わずに実際にインストラクターのいう通りにやってみれば、ロールなんかは非常に簡単に出来るものの1つなのである。 何度もいっているが、フォワード・ストロークブレイシングの方がよっぽど難しい。 つまり1番簡単なテクニックの1つなのである。 他のテクニックと違って「見様見真似では出来ない」というだけの話だ。 難易度自体はロールの方が遥かに低いと断言しよう。 ただでも「難しそうだ」ってんでビビッている未経験者、初心者を威かしてどうする!

 しかし気の毒なのは同ページで15分でロール教習をされたインストラクター小田氏だ。 せっかくのインストラクションを『ロール不要』記事中で紹介されてしまっているのである。 さぞかし気分を害されたのでは無いだろうか。
 もしこれが私だったら、すぐに直接抗議しただろう。 もちろんその電話の様子は録音し、抗議サイトを立ち上げて公開し、アクセスカウンタの初期値は38,000くらいに設定しておき、1回のアクセスで9ずつカウンタ値があがるようにCGIを細工して、いやどうせだったら99ずつ上がるようにしておいて・・・、なんちゃって(^_^;
(ちなみに例の東芝クレーマー事件のサイトのアクセスカウンタは、まさにこの9ずつカ加算されていくモノだった。 私は一発で気付いたが、マスコミはすっかり騙されていたなぁ。)

(*2)  さすが野田氏、まったくその通りである。 簡潔にして明瞭、おっしゃる通りでございます!
 それに対して、ロールを覚えたらカヤッキングの楽しみが減るといわんばかりのこの稿の主旨は噴飯ものだ。
 テクニック偏重主義が日本の悪い点であること自体は私も認める。 だから、
「あまりテクニックにこだわらず、気軽に楽しみましょう」
という主張もわかる。 私自身も初心者に最初から不必要なテクニックをドンドン教え込むことには大反対である。 楽しむのに必要な最低限の基本テクニックだけを教えたら、あとは自分次第だ。
 しかしロールは『楽しむのに必要な最低限の基本テクニック』の最右翼だし、ロールを覚えたくらいで楽しみが減るほどカヤッキングは奥の浅いものではない。 先ほど自転車の練習と比較したが、ロールを覚えるっていうのは、まさに補助輪なしの自転車に乗れるようになるという程度のことなのだ。 楽しみはその先にいくらでもゴマンと待ち受けているし、補助輪なしで走れるようになったからといって補助輪付きの自転車に乗れなくなるわけではない。 つまり沈脱したければ、好きなときに沈脱すればいいのだ。

 しかし
「ロールができなきゃ川を下ってはいけないのだろうか?」
という訊き方はヒドイ。 そういう風に訊かれて
「当然だ!ロール出来ないヤツに川を下る権利はない!!失せろ!!!」
なんていう人がそうそういるはずがないだろう。 誘導尋問的な質問法である。 あざとい。

(*3)  まず、転覆隊隊長のコメントを野田氏のまじめな意見とぶつけるところに問題を感じる。 いや、ライター氏の悪意、あざとさを感じるといってもいい。

 『サラリーマン転覆隊』はその名の通り『沈してなんぼ』で売っている集団である。 転覆隊には少々失礼な喩えだが、オバカ系バラドルと相通ずる商品イメージといえるだろう。 賢いオバカ系バラドルは、実はいくら賢くたって決して賢いところはみせない。
 同じことが転覆隊にもいえるはずだ。 彼らがホントに全員ロールの練習すらしたことがないかどうかは知らないし、事実はこの際どうでもいい。 大切なのは、仮にロールが出来たとしても転覆隊は「ロール出来ません。必要ありません。沈してなんぼです」というに決まっている、という点なのだ。 そういう商品イメージで売っているのだから、それが当り前なのだ。 つまり彼らのコメントは、その点を踏まえて読む必要があるのだ。 フィクションというと言い過ぎかもしれないが、転覆隊のイメージに添って脚色してあると解釈すべきである。

 その程度のことがわからないライター氏ではないだろう。 つまり、このライター氏が転覆隊隊長のコメントを、真面目に本音で答えている野田氏の意見をひっくり返す論拠として使っているのは、悪意あるあざとい論旨展開といわざるをえないのである。
 大げさというなかれ! ことは人の命に関わることなのである!!

 ついでにこの転覆隊隊長氏の意見自体にも少々コメントしておこう。 彼の意見が商品イメージを意識したものであることは間違いないだろうが、ひょっとすると本心でもあるのかもしれない。 まぁその辺は特に詮索せず、とりあえずこれを仮に「本田氏の本心のまじめな意見として」読んだ上でのコメントと思っていただきたい。
 ロールを体育会系、スポーツ系のテクニックと捕らえる人がいること自体は仕方ないことだ。 考え方は人それぞれ、非難するにはあたらない。 しかしながら、この意見はあまりにお気楽な結果論的危機管理不要論のように思える。
 おそらく、転覆隊のポリシーとして
「あくまでも自分達は・・・」
というつもりでおっしゃっているだけなのだろうが、このページが対象としている未経験者、初心者に及ぼす影響を考えると、あまり感心出来ない。
 ひょっとすると、自分のコメントがこのように使われるとは思わずに口にされたのかもしれないから、あまり彼のコメントを批判の俎上に乗せるのは気が進まないのだが・・・。

(*4)  おっしゃることはごもっとも。 危機管理とはそういうものである。 だから青色にした。

 だが、このページが対象としているビギナーにその判断ができるだろうか? たびたびいうように、残念ながら日本人の危機管理能力はおそろしく低い。 しかもこのページを一所懸命読んで、
「うん、うん、そうか、ロールは覚えなくていいのか!ラッキー!」
と頷いている読者は、間違いなく特に危機管理意識が低い。 頷きつつ読まれた読者諸兄には失礼かもしれないが、危機管理テクニックをあえて回避して川に出かける言い訳を見つけて喜んでらっしゃるのだから、残念ながらそう断言せざるをえない。
 そしてこのライター氏は、そういう危機管理意識の特に低いビギナーに、この難しい判断をさせようとしているのだ。 『危機管理考その3』で詳述した通り、危機管理意識の低い者が自分の技量の限界点を知っているわけがないのだ。 つまり、適切な判断は不可能だ。
 だからこの部分は青色ではあるのだが、諸手を挙げて賛成しているわけではない。 逆にあまりの無責任さに腹が立っているのだ!

 もしライター氏自身が、日本人の一般的な危機管理能力レベルを過大評価した上で書かれているのなら、勉強不足なこと甚だしいと言わざるをえない。 だから、この手の危機管理に感する記事を書く資格はない。 よく勉強してから出直してきていただきたい。
 逆にレベルの低さをよく知ったうえで書かれているのだったら、明らかに悪意だ。 初心者を見殺しにしようというのだから、殺意と言い替えてもいいかもしれない。 断じて許しがたい。

 マスコミ全体にいえることだが、マスコミの影響力を嵩に着て威張ることはあっても、自分の書いた文章のせいで人命が失われる危険性に配慮した、本当の意味でマスコミの影響力に対する責任感を持ったマスコミ人は、遺憾ながら非常に少ない気がする。 こういう風に危機管理の正しいノウハウを述べる能力をもちつつ、自分の文章が1番影響を与えるはずの読者層と、その結果を無視した無責任な論旨展開をされると、非常に腹立たしいのである。

(*5)  これもごもっとも。 当り前だ。 川を下ったら楽しいに決まってる。 ロールの腕前によって楽しさが左右されるわけではない。 当然だろう、ロールは楽しさを直接補強するためのテクニックではないのだから。 そんなことは特筆するまでもない。
 それを『ロール不要』の論拠にすりかえてしまうとなると、あまりに短絡的過ぎて目が点になってしまう。 ここまでのあざとくも巧妙な論旨展開と比較すると、余りにもお粗末で強引だ・・・。
 沈自体もカヤッキングの楽しみの1つであるというのは間違いないし、沈脱して泳ぐのもまた楽しいというのだって、別段否定しない。 何を楽しいと思おうとその人の勝手だし、何でも楽しめる人は幸せだ。 しかし、それを『ロール不要論』と結びつける論拠は、どこにもない。

 楽しさのためのテクニックと安全のためのテクニックはまったく別物。 同列で論じてこじつけるのはムチャだ。 だから私自身も同じカヤッキングのネタを扱う場合も、安全を論じるこの『危機管理考』と、楽しいネタを書く『ドライバッグ』を分けているのだ。

 同列に論じることは出来ないが、楽しさは安全が保証されてナンボのもの、というのは確かなことだ。 安全対策、危機管理はいくらやったってやりすぎってことはないのだ。 つまり安全テクニックは直接楽しさを倍増させるものではないが、『安心して楽しむため』には絶対に必要不可欠なのだ。
 こんなのはわざわざ手間をかけて論破するまでもない話だ!

(*6)  これも『生還できれば』の話だ。 ロールの出来るベテラン・カヤッカーだって毎年何人も死んでいるのである。 「〜だけのこと。」で済むかどうかは保証出来ない。 保証出来ないのなら書くべきではない。 私は『このサイトについて』で免責事項を特筆しているが、だからといって軽々しくこんなことを書くような事は絶対にしない。 文筆家としては素人の私でさえ書かないのである。 プロのライターはもっと責任感を持つべきであろう。
 プロのライターの風上にもおけない、この上なく無責任な文章である。

(*7)  大嘘だ。 前述の通り、ロールが出来る人間にも沈脱はできる。 こんなバカな話はない。 現に自分で野田氏の
「この20年はロールをやっていない」
というコメントまで引用しているではないか。 論外。


 妻Ryokoのセリフも引用しておこう。
「この記事書いた人さぁ、私嫌い。 これってさ、言葉巧みにこれだけのスペース使って、要は『自分はロールが出来ない』ってことを自己弁護してるだけじゃん。 しかも野田さんまで引っ張り出してさ。 こんな公の場で自己弁護するんじゃない! ロールがなければカヤック人口が増えるだろうだなんて、ロールを悪者にするな! こんなもの書く暇があったら練習すればいいじゃん。 こんなにニブイ私だって出来るんだよ。」

  まったくもってその通りである。 実際同ページ内でご自身が15分でマスターした体験を記事にされているのだ。 つまり簡単に覚えた体験があるくせに、読者には覚えなくていいと言っているわけだ。 これは罪が重い。
「難しそうだけど、やってみたらこんなに簡単に出来たよ!みんなどんどん覚えよう!!」
という紙面作りにすべきだろう。 難しい話ではない。 編集部やライター氏は読者が引いてしまうことを懸念されるのかもしれないが、実際はさほど問題はないはずだ。 BE-PALっていうのはそれだけの影響力を持った『権威ある雑誌』なのだから。 この『ロール不要記事』を『ロール啓蒙記事』に替えたところで、カヤックの売上にはほとんど影響はないだろう。 そしてカヤック・スクールの売上は確実に倍増するだろう。 それで何の不都合があるのだ?

「ロール覚えるのがいやだけどカヤックには乗りたい」
なんていうのは
「補助輪つけたままMTBでダウンヒルやりたい」
っていうのと、まったく同列の話なのだ。 不可能ではないが、止めた方がいい。 本当にやりたければ、まずその前段階として覚えるべきことがある。 そういう事だ。
 そういう初心者に
「うん、そうだね、いいよ、いいよ、出来なくても、だいじょぶだいじょぶ」
と囁いてカヤックやカヌーを買わせ、どんどんフィールドに送り出してどんどん殺すのがマスコミの役目か? 一介のカヤッカーがこうしてボランティアで危機管理考を発表しつづけているというのに、肝心の大マスコミがそういう無責任な情報を有料で垂れ流していいのか?

 前述の通り、雑誌の編集方針自体は理解出来る。 出版業界の裏側の事情も知っている。 カヌー、カヤックの特集を組むからには、カヌー、カヤックの売上が倍増しなきゃいけないという仕組みは重々承知だ。 だからなるべく甘い言葉だけを囁き、苦言は腹にしまっておきたいという事情もよく理解出来るのだ。
 しかし命の危険を伴うものに関してはキチンとケジメをつけなくてはならない。 ケジメがつけられないのなら、扱うべきではない。
 天下の小学館がその程度のケジメをつけられないでどうする!

 そういう意味で、私は転覆隊の扱い方自体ももう少し慎重に考えた方がいいと思っている。 あの連載が『カヌーライフ』(山海堂)のようなカヌー、カヤック専門誌に連載されているのなら何も問題ない。 むしろあの集団の面白さは専門誌の読者の方がよりよく理解するはずだし、真似しようなどという輩が出てくる危険性も少ないだろう。
 ところがBE-PAL誌の読者層を考えると、転覆隊の面白さが完全に伝わっているかどうかが疑問だし、何よりそのまま真似しようという危険な読者の比率は専門誌の読者の比ではないはずだ。

 ちなみにこの特集中、このページ以外で危機管理に関して言及しているページはP.22の『ライフジャケットの仕立て屋さん』だけ。 ここでも
「義務ではないけど、最低限のセルフレスキューアイテムとして、ライジャケはぜひとも着用して欲しいもの。」
程度の押しの弱い書き方しかされていない。 初心者向けの記事だったら、もう少し情報があってもいいのではないだろうか? 初心者は、ホワイトウォーターに浮力がないことも知らないはずなのだ。
 コレ以外は特に危機管理関連の記事は見当たらない。 中綴じのHPアドレスBOOKの中にも、リバーセイフティ関連のサイトは紹介されていない。 世の中にはいくらでもリバーセイフティを扱ったサイトはあるというのに。

 危機管理ネタではないが、やはり情報として不親切さを感じるのが、カヌーとカヤックの違いについて何も言及されていないこと。 昔から同誌はカヌーもカヤックもひっくるめて全て『カヌー』と総称している。 それ自体は別に間違った言葉遣いではないし(『ドライバッグその7』の「カヌー」の項参照)、昔からの一貫した編集方針だから別段私が文句をつける筋合いはない。
 しかし、
「カヌーとカヤックの違いがわからない」
という人が非常に多いくらいのことは、BE-PAL編集部ともあろうモノが知らぬはずはないだろう。 しかも今回P.14にカヤックという言葉が登場している。 となると、こういう初心者向けの特集記事中で、両者の違い及び誌面上の言葉の使い方のキチンとした説明がないのは、あまりにも不親切ではないだろうか。

 ちなみに当サイトの読者諸兄にはもうご説明は不要かもしれないが、一応書いておこう。 この特集記事中、カナディアン・カヌーといわれるものは、P.32、33に登場するものだけ。 あとはすべていわゆるカヤックである。
 さらにもう1つ補足しておこう。 P.15のフェザークラフト K1 EXPEDITION SINGLEの項目に「海の旅でも十分使える」などと書いてあるが、それは当り前である。 だってこいつは元々シーカヤックなのだ。 だから「川の旅でも十分使える」と書くべきだ。


 最後にもう1度繰り返す。
 ロールなんてのは、ごくごく初歩的な非常に簡単なテクニックである。 そして、『これをマスターすればもう安心』っていうような万能テクニックではない。 昨年だけを振り返ってみても、日本でもニュージーランドでも、ロールを完全にマスターしたベテラン・パドラーが川で命を落としているのだ。 『ロールをマスターしていても死亡事故は起きる』という事実をよく承知していて頂きたいのだ。 いわんや『ロール不要』などと思っている初心者にとって、川がどれだけ危険なところか、特に説明する必要もないだろう。 いくら万能テクニックではないとはいえ、簡単にマスターできて、格段に安全性が増すテクニックなのだ。 グズグズいう暇があれば、さっさとマスターしてしまうべきだ。
 以前にもかいたことだが、カヤッキング、カヌーイングなんてのは所詮遊びだ。 遊びに命を賭けるほど打ち込むこと自体は、私も賛成だ。 どんどん遊べばいいと思う。 だが、実際に遊びごときで命を落とすほどつまらないこともない。 ホントに命を賭けちゃいけないのだ。 絶対に生還しなくちゃいけないのである。
 そして自分の命は自分で守るしかないのだ。 だから読者諸兄には、大出版社の作る『権威ある雑誌』だからと言って鵜呑みにはしないで、よくよく自覚的な情報の裏読みをして頂き、自分の命は自分で守っていただきたいと切に願う。 『権威ある雑誌』の記事は、あなたの命を守ってくれはしない。

 と同時に、マスコミにはもう少し誠意と責任ある姿勢を見せて欲しい。 リスクの付きまとうものにはキチンと危機管理情報を提供するべきだし、間違っても今回の記事のように危険を増加させるような記事を掲載すべきではない。
 玄倉川水難事故や八方尾根キウィ遭難事故は2度と起こしてはならないのである。 今回の記事には、私は非常に危惧を覚えている。
 BE-PAL誌は確かにカヌー、カヤック専門誌ではない。 だから『ロールを覚えろ!』という記事を掲載するのには抵抗があるのかもしれない。 しかし、実際にはロールは簡単だという事実自体は、扱う媒体が専門誌だろうが一般誌だろうが変わるわけではない。 人命よりも誌面の雰囲気作りを重視するような拝金主義的なことは今後一切止めていただきたいと切に願って止まない。

 当ページは断じて誹謗中傷ではなく、責任ある態度に基づく批判として書いたものだ。 私自身はプロのアウトドア・ガイドとして、日本人の危機管理能力が向上し、フィールドでの事故が1つでも減ることを心の底から願っているのである。 そのためにこうして自分なりの『危機管理考』を発表し続けているのだ。
 だから、いかなる方からのご意見も受け付ける所存である。 ご意見、ご感想、ご批判、ご遠慮なくどんどんお寄せ下さい。 特に当の小学館、BE-PAL編集部、及び当該記事のライター氏からのご意見は大歓迎である。 (蛇足だが、当ページ公開の旨はBE-PAL編集部にもお知らせしてある。 誠意ある反応を期待している。)
 ただし、言うまでもないが誹謗中傷や言い掛かりは謹んでご遠慮申し上げます。

 最後の最後に。
 同誌の『エスキモーロールさえなければ』を読んで安心して川に出かけ、遭難事故を起こす、なんて人が出ませんように。






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