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その4 ガイドの緊急用装備







 前章で私の仕事の様子をご紹介した。 シーカヤッカーの皆さんには我々が携帯する緊急用装備も気になるところだろうからその点にも言及しようとしたのだが、非常に長くなってしまったのでこうして章を分けた。 皆さんのご参考になるかどうかは分からないが、とりあえず列記してみよう。

 ただし、これはあくまでも『ニュージーランドでも最も安定した海域であるエイベル・タズマン国立公園で入門者向けのツアーに携行する装備』だという事は心に留めておいて頂きたい。 プロの装備だからといって、『いつでもどこでもどんなツアーにも通用する装備』などとは思わないこと。

 さらに、これはあくまでも私の装備だということも強調しておこう。 同僚達の装備も基本的には同様のはずだが、細かい点では少しずつ違っているはずだ。



●私が自艇に積載、またはボイアンシー・エイド(PFD)に装着している装備

  • VHFラジオ&携帯電話

  • ファーストエイドキット

  • ポイズンリムーバー

  • 応急修理用工具

  • フレア1本

  • ビルジポンプ

  • スペアパドル1組

  • トウライン3本

  • アブミ

  • ナイフ

●クライアント艇に積むグループ装備

  • フレア(グループ全体で1本以上)

  • ビルジポンプ(各艇に1本ずつ)

  • スペアパドル(グループ全体で1組以上)

  • 雨天用フライシート(タープ)

  • 防寒用ウェア

 こうして改めて列記してみると、自分でも
「こんなに持ってるのか!?」
と驚いてしまう。 実際には大した量ではないのだが、文字にしてみるとタイヘンな量に見え、煩雑さを感じてしまうのは面白い所だ。
 それはさておき、必要と思われるものには少々コメントをつけておこう。

 まずVHFラジオ&携帯電話だが、これらは小さなペリカンの防水ケースに入れた上で、ボイアンシー・エイドの背中のポケットに入れている。 ちなみにこのボイアンシー、わざわざこのペリカンケースが入る大きさのバックポケットを付けさせた特注品である。 とはいっても、私が特注したわけではない。 今シーズン途中から新たに導入された会社支給品だ。

 ファーストエイドキットも大き目のペリカンケースに収まっている。 コイツはリアハッチに収納している。 特筆事項としては、CPR用のマウスピースと後述のアナキットが含まれていることだ。

 ポイズンリムーバーは私個人の持ち物なので、ファーストエイドキットとは別に個人装備用ドライバッグの中に入れ、リアハッチ内に収納している。 これは英語ではエクストラクターというのだが、どうやらニュージーランドでは入手不可能、または入手困難なものらしい。 私は日本から持ってきていた。 ニュージーランドには蛇はいないのだが、小型のスズメバチがいるのだ。 今シーズン、お客さんがスズメバチに刺される事故が1件あったのだが、不幸中の幸いにも彼女は私のお客さんであった。 即座にポイズンリムーバーで毒を抜いて抗ヒスタミン軟膏を塗ったところ、1時間後には完治していた。 その威力を知った我が社のボスたちは、現在各ファーストエイドキットに常備すべく、入手先を必死に探している所である。 来シーズンにはおそらく我が社のガイド全員が装備することになるだろう。

 応急修理用工具もペリカンケース入りで、同じくリアハッチ内。 ファーストエイドキットと違って別段特筆するようなものは入っていない。

 フレアビルジポンプはコクピットの目の前のデッキ上にバンジー・コードで装着している。

 スペア・パドルはリアデッキ上だ。 私は至ってノーマルに2ピースのダブル・ブレーデッド・パドルを持っていくが、シングル・ブレーデッド・パドルを持つガイドもいる。 逆に普段シングル・ブレードを使用し、緊急用にダブル・ブレードのスペア・パドルを持つ変わり者もいる。 これだけたくさんガイドがいれば、色んなヤツがいるのだ・・・(^_^; ちなみにそういう変わり者達も、クライアント艇に積載するスペア・パドルはもちろんノーマルな2ピースのダブル・ブレードだ。

 さて、トウラインだが、私の場合は15m、5m、1.5mの3本を携行している。 15mのはリアデッキに積載、使用の際もリアデッキに装着したまま牽引する、本格的なトウイング用だ。 対して5mのと1.5mのは自分のボイアンシー・エイドに装着している。 こっちは急を要する一瞬のトウイング用。 15mのと5mのは私の手製、1.5mのはボイアンシー・エイドの付属品。 3本も持つヤツは私だけだが、他のガイド達もたいていボイアンシー・エイドから短いのを1本、カヤック装着用の長いものを1本の計2本を用意しているようだ。 ほとんどのガイドが自作品を使用しており、それぞれが自身で工夫を凝らしている。

 少々脱線するが、ボイアンシー・エイドに関してもう少し書いておこうか。 まずこの呼称だが、アメリカ風の『PFD』という呼称も一応通じるものの、ニュージーランドでは一般的ではない。 buoyancy aid、またはbuoyancy vestという風に呼ばれている。 ライフ・ジャケットという名称を使用するには厳格な規格をクリアしないといけないのはアメリカ同様。 ただし、日本人のお客さんに「ボイアンシー・エイド」と言っても通じないので、ツアー中に関しては「ライフ・ベスト」という事が多い。 前述のように通信機器やトウラインをボイアンシー・エイドに収納、装着しているので、天候がよくない時にも日本のシーカヤッカー諸氏のようにボイアンシー・エイドの上にスカノラックを羽織るような事は絶対に出来ない。 ジャケットを着用する場合はかならずボイアンシー・エイドの下だ。 (まぁ、実際にはこのボイアンシー・エイドの上に羽織れるジャケットも無いだろうが・・・) 我々にとってはボイアンシー・エイドは『自分用の救命具』というよりは、むしろ『お客さんをレスキューするための道具を収納するベスト』なのである。 結構な重さになるので、ボイアンシー・エイドを着るたびに溜息をついてしまう・・・(^_^;
 ちなみに自己紹介のページで着用しているのはお客さん用のモノで、上記の特注ガイド・ベストではない。 この時はポスターのモデルとしてお客さんの振りをしていたのだ・・・(^_^;;;

 話を戻そう。
 アブミは、極端に太っていて沈した際に自力で再乗艇が難しいお客さん用のモノで、これも自作。 『THE COMPLETE BOOK OF Sea Kayaking』(Derek Hutchinson A & C Black)の中にパドルとロープを使ってアブミを作る方法が紹介されているが、あれを工夫して専用の道具化したものだ。 一刻を争うレスキュー・シチュエーションでは、悠長にロープを取り出してパドルに引っ掛けて輪っかを作って・・・、などとはやっていられないからだ。 これはリアデッキ上に置いている。 その日のお客さんを見回してみて、全員が私の腕1本で水中からカヤックの上に引きずり上げられそうな体格の方達ばかりだったら置いて行くこともある。 これを持っているガイドは少数派だが、持っているヤツはやはり全員自作で、それぞれ自分のレスキュースタイルに合わせて工夫している。

 ナイフは絡まったロープの切断が主な目的だから、スパイダルコの波刃のモデルをボイアンシー・エイドのポケットに入れている。 もちろん無くさないように細引きとナスカンでボイアンシー・エイドに取り付けてある。 片手でもいとも簡単に操作出来るので、以前使っていたガーバーのシースナイフ(リバー・ガイドシリーズ)に比べても全く遜色はない。 むしろ切れ味は遥かに上のような気がしている。 まぁ、幸いなことにまだ実際にコイツが本領発揮するような場面には遭遇していないが・・・。 しかし水洗いを忘れたら一夜にして真っ赤に錆びるのだけは参る。

 日本との違いを挙げると、各ガイドがそれぞれVHFラジオフレアを携帯する点。 あとファーストエイドキットの中にスズメバチのアレルギーであるアナフィラキシーショック対策用にアナキットという注射セットが入っている点だろう。 これらは日本の場合法律の規制が厳しすぎて気軽に携帯することが難しいものばかりだ。 実際には個人の日帰りツーリング用の装備としてもすべて必需品だと思うのだが・・・。

 日本との違いといえば、パドル・フロートがないことに疑問を覚えた方もいらっしゃるだろう。 これは私だけの話ではなく、同僚ガイド達に訊いてもツアーに持って出ているヤツはいないようだ。 理由は単純。 我々にとっては必要ないもしくは使いものにならないからだ。

 まず、お客さんにはパドル・フロートは必要ない。 お客さんをレスキューするのは我々の仕事だ。 使い方のインストラクションなんかしてる暇はないから、仮に渡しても使い物にならない。 つまり、仮に持つとすれば、それはガイド自身のためという事になる。

 ところがガイドの場合は、パドル・フロートが使える程度の状況下だったら、起こした艇にいきなり攀じ登ってしまう『ジョン・ウェイン・リエントリー』が出来るし、荒れていれば息を整えてから逆さの艇に改めて潜り込んでロールする『リエントリー&ロール』という手を使う。 ちなみに私の場合は、どんなに静かな海であっても絶対にこのリエントリー&ロールを使う。 沈した艇をいきなり起こしてしまうとコクピットが風呂桶状態になるからだ。 ところがリエントリー&ロールの場合、逆さの艇に潜り込んだ後スプレースカートを装着してから起きてしまえば、ほとんどコクピット内に浸水していない状態で起きてこられるので排水の手間が省ける。 もしスプレースカート装着に失敗したままロールしても、ジョン・ウェイン・リエントリーより悪い結果になることは無い。 私はこの状況に備えて必ずパドル・リーシュ(やはり自作)を使用している。 こいつがないと、水面下でスプレースカートを装着するのは難しい。

 ちょっと脱線してしまったが、とにかく余程油断してミスをしたのでない限り、ガイド艇がひっくり返るような状況だったら、クライアント艇が無事なはずはないのだから、セルフレスキューは一刻を争うのだ。 パドル・フロートを使える程度の状況だったとしても、悠長にそんなモノを使っている暇はない。 というわけで、『リエントリー時』に関してはパドル・フロート不要。

 じゃ、その後の『排水作業中』の事を考えてみよう。 確かにリエントリー時には不要でも排水時にはパドル・フロートは便利そうだ。 ただ考えてみると、排水時にパドル・フロートが欲しいような状況の場合は、ブレイシングのためのパドルも欲しいはず。 スペア・パドルを組み立ててこいつにパドル・フロートを装着してパドルは手で持っておくという手もあるが、そこまで手間をかけるのはあまり現実的ではないような気がする。 だから、「どちらを取るか?」といわれれば、私の場合は手っ取り早くて機動性の高い『何もついてないパドル』を選ぶ。 まだ実際には試したことはないが、荒れ気味の海で排水作業をする場合、『ポンプを足で固定し、片手でスカリング・ブレイスをしつつ、空いた方のもう片方の手でポンピングして排水』っていうので間に合うと思うのだがどうだろう? 今度チャンスがあったら試してみたいと思う。

 さらによくよく考えてもっと現実に即した話をすれば、ガイド艇が悠長にポンプで排水作業をしているという事は、クライアント艇は全部無事でなおかつ比較的安全な場所にいる、という状況なのである。 クライアントの安全が確保されてないのに自分の艇の水抜きをするアホなガイドはいない。 だったら無理にパドル・フロートなどを使わず、クライアント艇にラフト・アップして固定してもらった状態で排水作業が出来ると言うことになる。 というわけで、『排水作業中』もやっぱりパドル・フロートは不要だ。

 だから、結局パドル・フロートは不要。

 しかも、これはあくまでも『万が一の中の万が一』の仮定の中の話。 そもそも本当に現実的な話をすれば、基本的なテクニックを一通り身に付け、なおかつこのエリアを知り尽くした我々プロのガイドの場合、自分達自身の力量を超えるような危険な状況になるまで天候変化に気づかないという事は絶対にありえないのだ。 基本的には世の中には『絶対』なんてモノはないし、危機管理上も『絶対』なんてことは想定すべきではないのだが、これはホントにホントにまずありえない話なのだ。 少なくとも我が社にはそんな『似非ガイド』はいない。 ホンモノのプロのガイドは、クライアント艇が全部沈する『オール・イン・レスキュー・シチュエーション』にも対応できるように訓練されているはずだ。 私だって一応そういう訓練は受けている。 しかし、クライアント艇が実際に全部沈するってのは極めて深刻な状況には違いない。 タンデム艇4艇を立て続けに一気呵成にレスキューするってのは、静水時の訓練だって想像以上に大変な重労働なのだ。 実際の状況下では困難を極めることになるだろうという事は、皆さんにとっても想像に難くないのではないだろうか? だから、当然そうなる前にツアーは中止してしまうわけだ。 つまり、ツアー中止のタイミングは『コンディションがお客さんの力量を超えそうな時』であり、『ガイド自身の力量を超えるようなコンディション』の中でパドリングし続けているなんて事は、ガイド・ツアーの場合は間違っても絶対にありえないのだ。 パドル・フロートの出る幕があるはずもない。

 もちろんガイドといえども、自分達だけでプライベート・パドリングをしているときだったら自分達の力量を超えた危険な状況に陥る恐れは大いにある。 しかしお客さんを連れている場合は安全マージンを限りなく大きくとるので、その可能性は限りなくゼロに近いのである。

 結局こうしてみてみると、我々の場合に限っていえばパドル・フロートを持つメリットは何もないのだ。 だから危機管理のプロフェッショナルなのにも関わらず、誰一人としてパドル・フロートは持っていない、というわけだ。 ガイドという職業パドラーの特殊性がよく現れている事例といえるかもしれない。

 ただし、これは『勝手知り尽くしたる我がテリトリー内のガイド・ツアー』の場合だ。 我々とてプライベート・ツーリングで知らぬ海域をパドリングする際は、もしものバックアップ手段としてパドル・フロートは携行するのはいうまでもない。 前述した通り、お客さんがいなければ安全マージンは低く見積もるようになるので、当然自分達の限界コンディションの中でのパドリングする機会がありうるというわけだ。 我々が沈脱して海に漂うようなシチュエーションでパドル・フロートが役立つかどうか、その点についてははなはだ疑問があることには違いないが、万が一の場合は何がどう役に立つかはわからないので持つ価値は多いにあるだろう。

 さらに、海域が違えば事情も変わってくるかもしれない。 あくまでもエイベル・タズマン国立公園での話って事だ。 危機管理方法は時と場合によって変化するのだ。

 ま、これらの緊急用装備に関しては、またそのうち危機管理考のページで取り上げることになるだろう。






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