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前回に引き続き、またもや『舞台裏秘話』。
別にシリーズ化しようとしているわけでもなんでもなく、単なる偶然なのだけど。
今回ご紹介するのは私が出演したTV番組、『未来者』の撮影裏話。
大作映画じゃあるまいし、普通はTV番組の「メイキング・オヴ」が紹介されることはほとんどないだろうけど、私的な記録という意味でも面白いので、この際あの撮影時の裏話を書いておこう、という企画。
さて、まずこの番組をご覧になっていない方のために、簡単に紹介から。
『未来者』と書いて「みらいもん」と読む。
関東ローカルでテレビ朝日が木曜深夜26:21から放映している30分番組。
海外で活躍する若者1人を毎回30分かけて紹介する番組で、この時間帯としては異例の長寿を誇っており、これを執筆している2002年6月現在もまだまだ回を重ねている人気番組、だそうだ。
私が出演した回の放映は、2001年11月1日(実際には、日が変わって2日だが)。
私は『未来者 No.105』だったから、通算105人目の出演者だったらしいのだが、私以前の104名は映画関係者、アーティスト、ダンサー、パフォーマーなど、「文化系」の人ばかりだったそうで、私が初の「体育会系」の試みだったのだとか。
スポーツ随想に書いたとおり、子供の頃から身体が小さくて弱く、運動も嫌いだったので、間違っても「体育会系」などとは呼ばれたことも自分で思ったこともなかったというのに、30代も半ばになって、いきなり「初の体育会系」って言わわれるとは、つくづく世の中何が起こるかわからんものだ・・・。
ま、それはさておき、舞台裏へと、ご案内ぃ〜。
『未来者』の舞台裏
◆ 撮影スケジュール ◆
撮影は、2001年10月20日(土)〜22日(月)。
エイベル・タズマン・カヤックスは、シーズン本格突入を目前にした春(日本で秋に当たる頃)に、1週間の集中スタッフトレーニング期間を設ける。
今シーズンのトレーニングは10月15日(月)〜20日(土)の6日間だった。
偶然とは恐ろしい。
当初予定されていた取材日程が、まさにこの15〜20日だったのだそうだ。
となると、取材対象は普段の仕事ぶりではなく、トレーニング風景だけということになってしまう。
スタッフトレーニングは会社のサーヴィス・レヴェルを左右するものゆえ、いわば「社外秘」である。
当然ながら、ボス達はこの日程での撮影には思いっきり難色を示した。
また取材班側としても、訓練風景ばかりでも画にならないとお感じになったようだ。
結局、エイベル・タズマン・カヤックス側は最終日のレスキュー訓練なら撮影OKと譲歩し、取材班側は滞在日程を延長するという歩みよりがなされた。
実のところ、私は両者に下駄を預けて「俎板の鯉」に徹することにしたので、この辺りの打ち合わせは、私抜きで会社と現地コーディネーター(後述)の間で進められた。
だから、細かいことは私はよく知らない。
とにかく、そういう日程が決定した。
20日(土)は前述の通り、スタッフトレーニング最終日のレスキュー訓練と訓練終了後の打ち上げバーベキューパーティの様子、21日(日)は普段通りの1日ツアーをガイドしている様子とSKOANZ試験官へのインタヴュー、そして22日(月)は番組全編にわたって散りばめられる私のインタヴューシーンと原稿執筆シーン、という順に撮影が進んだ。
◆ 撮影以前のスケジュール ◆
実はこの期間は、私にとっては前代未聞ともいえる、超過酷なスケジュールだった。
今思い返しても、よく身体も壊さず大きな事故もおこさず、無事に切り抜けたものだと、我ながら感心してしまうほどだ。
15日(月)からは「地獄の」スタッフトレーニングだったことは前述の通りだが、実はそれだけではなく、その1週間前から7日間ノンストップで休みなしに働きつづけていたのである。
7日間連続の勤務というのは、この仕事では極めて稀だ。
激務だから、通常5日間、多くても6日間連続が限度。
それ以上働くと、事故を起こす可能性が出て来る。
そうでなくても、疲労のせいで集中力や忍耐力を欠き、お客様へのサーヴィス・レヴェルは確実に低下して、プロフェッショナルな仕事ができなくなるのだ(ただし、レンタル・インストラクター業務は除く。これは楽なので、7日以上連続ということもたまにある)。
ところが、このとき私は、例外的に8日(月)〜14日(日)まで、完全無休の過酷な7日間を過ごしていたのだ。
悪いことは重なるもので、このとき妻Ryokoの父親が危篤になっており、彼女はこの前の週に緊急帰国していたため、私は男ヤモメでこの強行軍スケジュールをこなしていたのである。
そして、まったく休みのないままに、そのまま「地獄のトレーニング週間」に突入。
しかも悪いことに、初日は標高にして800mを一気に駆け下りるキャニオニング訓練。
(詳細はGofield.comをご参照下さい。)
ただでも限界まで疲労しているところにこんなきついトレーニングをやられたのだから、もうたまらない。
夜帰っても、食事を作る気力もない。
そして、翌日からが座学の嵐。
座学だから座ってるだけで楽かというと、とんでもない。
カスタマーケア、危機管理理論、アウトドア・ファーストエイド、国立公園の歴史・地理・動植物学、ガイド理論、ガイド哲学などなど、英語にハンデをもつ私にとっては、黙って聴いているだけでも疲労困憊するような講義が連日続く。
ところが、これが黙って聴いていりゃいいという代物ではなく、どの講義も常にディスカッション、練習、ブレインストーミングが要求されるので、疲労度はニュージーランド人の同僚にとってさえキャニオニングにも勝るとも劣らぬものとなる。
ファーストエイドには、実際にカヤックを使ったシナリオ訓練まで含まれるので、使うのは脳味噌だけではすまない。
こうした仕事に関わる技術のすべてを網羅する訓練が、エイベル・タズマン・カヤックスのガイディングを世界トップレヴェルたらしめているので、こちらも手を抜くわけにはいかない。
こうして、8日(月)〜15日(月)の8日間で肉体が、そして16日(火)〜19日(金)の4日間で脳味噌が、それぞれコテンパン・グシャグシャに疲弊しきってしまったところに、撮影班がやってきた。
正直いって、20日(土)のレスキュー訓練は、一番楽勝の日程だった。
なんせレスキューだけは、春のトレーニング期間だけじゃなくて常日頃から訓練を積んでいる普段業務の1つなので、我々にとっては手馴れたものだし、座学を4日間やったあとなので、水の上にいようが下にいようが、海に出られるというだけでも開放感があって嬉しい。
しかも、撮影初日といえども、海の上にいればカメラを意識したり、カメラに向かって喋ったりする必要もない。
しかし、このレスキュー訓練時も、あまりに疲労が激しすぎて、身体の切れの悪かったこと。
へっぽこエスキモーロールがオンエアされてしまって、赤面モノである。
ま、タンデム・ロール失敗をオンエアされてしまった同僚達よりはマシだが。
何で私の成功したタンデム・ロールをオンエアして下さらなかったんだろう?(笑)
◆ コーディネーター、プロデューサー ◆
海外の取材には、現地で取材班のために段取りをつける「コーディネーター」と呼ばれる人がサポートにつくことが多い。
今回の取材も、最初はオークランド在住の女性コーディネーターを通じて打診があり、撮影スケジュールも彼女とエイベル・タズマン・カヤックスとの話し合いで決定した。
ところが、この方にどうしても外せない別の仕事が入ってしまったということで、別のコーディネーターにバトンタッチ。
これが驚いたことに、カヌーライフ誌(山海堂)読者にはおなじみの、ミスターカンジこと、斎藤完治氏だったのだ。
実は、完治さんはニュージーランドにワーキング・ホリデーで渡航して、そのまま永住権を取得して移住してしまい、ニュージーランド初のフライ・フィッシング・ガイド(日本人として初めてというだけではなく、ニュージーランド中で本当に最初のプロガイド)になってしまったという方。
彼のこうした履歴はニュージーランドに渡航してくる前から存じており、こうした「経歴」をうらやましくもまぶしい思いで眺めつつ、「自分だって」と決意を新たにしていたのだ。
そして偶然にも、彼のカヌーライフ誌の連載記事中に私も登場してしまったことがあったのは、やはり同誌読者の方はご存知の通り。
偶然とはいえ、今回完治さんがコーディネーターになってくださったのは、私にとっては非常にありがたい話だった。
なんせ、取材班はいままで「文科系」ばかりを取材対象としていたため、「体育会系」には不慣れな上、カヤックなんて予備知識もゼロ。
お天気に左右される撮影というのにも不慣れ、という状況。
これで現地コーディネーターまでこちらの業種に不慣れな人だと、疲労の極みにあった私にとっては、想像を絶するほどキツイ撮影になったことは想像に難くない。
以前から私と面識があり、しかも元アウトドア・ガイドで現役バリバリのカヤッカーである彼のおかげで、本当にスムーズにことが運んだ。心よりお礼を申しあげます。
この取材には、もう1つ面白い奇遇があった。
実はこの番組のプロデューサーが、大学のクラブの先輩だったのだ。
プロデューサー自身は取材対象の選定には関わっていないらしく、
「これが次回のニュージーランドの取材対象です」
と、私の資料を渡されて、そこで初めて、
「え!?何これ、Ryuじゃん!!!」
となったのだとか。
こちらも驚いた。
彼がTV業界にいるのは百も承知だったが、まさか彼が手がける番組に出演するはめになるとは、夢にも思っていなかったのだ。
このおかげで、やはり助かったことが1つあった。
取材班は、私の「昔の写真」が欲しかったのだ。
番組中、古いエピソードとともに昔の写真を流すのがスタイルになっている、というのだ。
ところが私は「アルバム」というものを持っていないのだ。
普通、こうして海外に住んでいる人というのは、日本からアルバムを持ってきているものらしい。
ところが、私はカメラを持ち歩く習慣を持たなかったため、日本にいる頃からアルバムなるものを作ったことがない。
だから、古い写真なんぞ、ここにあるわけがないのだ。
そこで、ピンと来た。
「えっと、日本に戻られたら、プロデューサーが私の写真持ってるはずなんで、彼にきいてみてください。」
案の定、あった。
番組中登場したスティル写真のうち、カラー映像はニュージーランド渡航後に私がデジカメで撮影したものだが、白黒の大学時代の写真は、すべてプロデューサ氏が提供してくれたもの、なのである。
助かった。
その代わり、
「ゲゲッ!あんな写真使われてる・・・」
ってのもあったが、まぁこれは仕方ない。
しかし世の中って、やっぱりけっこう狭いのかもしれない。
◆ インタヴュー ◆
インタヴュー撮影が行われたのは、前述の通り22日(月)。
地獄のスケジュールが始まった8日(月)から数えれば、なんと15日目のことである。
当然、心身ともに疲労はピークである。
これは、辛かった、実に辛かった。
質問をされても、あまりに脳味噌が疲れすぎていて、質問の意味を汲むのに一瞬のタイムラグ、そして回答を考えるのにもう一瞬のタイムラグ、さらに疲れてうまく回らない口に鞭打って、言葉を舌に乗せて吐き出すのに、最後の一苦労。
あれほど喋るのに苦しんだことは、結婚式のスピーチを頼まれたとき以来だった。
おかげで、普段ならやらない失言もやっている。
番組をご覧になって、思ったよりもはるかにソフトでおっとりした語り口に、「イメージが違う」とお感じになった方も少なくないかもしれない。
実をいえば、今観れば私自身「これは、普段のオレじゃねぇや・・・」というシロモノ。
ソフトなのでもおっとりしているのでもなく、ただ単に過労でまともに喋れていない、というだけの話なのである。
良くみれば、目の下には隈が出来ているし、頬もこけ、背中も丸まってしまっている。
元気な時の私は、こんな大人しい人間ではない、と思う。
硬派な好青年、ってのは間違いのないところなのだが。
◆ ヤラセ ◆
TVといえば、ヤラセ。
と言い切ってしまったら、こりゃ大変な問題発言なのだろうが、実はこの撮影の時にはヤラセをやった。
2日目、21日(日)に撮影した、1日ガイドツアーがそれである。
とはいえ、やったのは取材班側ではなく、エイベル・タズマン・カヤックス側である。
というのも、普通の「お金を払って国立公園に遊びに来て下さっているお客様」を、撮影のための変則的なツアーに編入してしまうのは、いかにもマズイからだ。
だから、撮影用の特別グループをアレンジした。
ネルソンの町にあるバックパッカーズ・ホステルの従業員とその彼氏、同じくネルソンでB & B(ベッド&ブレックファスト。民宿のこと)を営む私の友人の野口文男氏、私の盟友である吉川寛のお客さんでニュージーランドにカヤック三昧をしに来ていた神薗光子嬢、そして後輩ガイドのリアン・カーシーに、うちの会社のオフィス・クルー、オーガスタの旦那で隣の会社(エイベル・タズマン・カヤックスとともに、ニュージーランドの商業シーカヤックツアーを牽引するリーディング・カンパニー)の名物ガイドであるウィリー・ポルソンの6名で構成した、「スペシャル・チーム」である。
この全員が、いかにも「偶然集まった普通の参加者」のふりをして、お客さん役をつとめてくれることになっていたのだ。
ウィリーやリアンのパドリングをみて
「メチャクチャ上手いじゃん!キウィ、恐るべし!!」
といった人が多かったそうだが、当たり前なのである。
2人ともプロガイドなのだから。
ところが、ハプニングは起こるものである。
この私のグループが「撮影用スペシャル・ヤラセ・グループ」であることが、なぜか連絡事項から漏れており、たまたまオフィス・クルーのうちの1人だけがそのことを知らなかった。
そして、悪いことに彼女がたまたま前日ブッキングを担当しており、「本物のお客様」をこのグループに突っ込んでしまっていたのだ。
私が出勤するシーンがある。
会社に着き、車から降りてオフィスに入り、当日のブッキング状況を確認する。
ここで、髪の長いオフィスの女の子から
「Ryuのグループは、7人よ」
といわれ、私が、
「エッ!?な、7人!!??」
とききかえしているシーンがある。
そして、その側でもう1人の女性オフィスクルーが「マヂかよ!!!???」といわんばかりに顔をしかめている。
この顔をしかめている女性が、ウィリーの奥さんのオーガスタ。
もちろん事情を知っている人間である。
そして「7人」と説明してくれたロン毛の女の子が、事情を知らずに本物のお客様をブッキングしてしまった張本人というわけだ。
もちろん、彼女には何の責任もない。
悪いのは、連絡をもらしたボス、インタヴューにも登場しているピーター・ガーリックだ。
(ちなみに彼は、近頃日本語版が再登場して話題になっている、ジョン・ダウド著「シーカヤッキング」の、最初の方にある「協力ありがと」のページに名前を連ねている。
ひょっとして、けっこうエライヤツなのかもしれない。
さらにちなみに、彼を含めた3人のオリジナル社長たちは、この4月に会社を売り渡してしまい、新オーナーのもとでエイベル・タズマン・カヤックスは第2期に入った。
このおかげで、私はエイベル・タズマン・カヤックスで、一番の古参スタッフになってしまった・・・。
閑話休題。)
途方にくれた。
もういい加減疲れきってて、本音をいえば1日中寝ていたいほどなのに、鉛のような身体に鞭打ってヤラセ撮影ツアーのために出勤してきているのである。
そこに、本物のお客さんが混じってしまうというのだから、これはたまらない。
撮影ツアーとなれば、TVのための画が最優先になる。
カメラマンが、「そこをもう一回漕いで下さい」といえば後戻りして漕ぐし、「あそこがよさそうだ」といえば、そこへ向かうしかないのだ。
いかにこちらが訓練を積んだプロガイドといえども、そんな撮影班の都合本意のツアーに間違って混じってしまったお客様を、キチンと楽しませられるかどうかは、まったく保証の限りではない。
だから正直いって、このブッキングには相当にトサカに来たが、責任者ピーターはその日は休みをとってやがるし、彼にクレームつけたからといってそのお客様のブッキングが無効になって、その方が現れなくなる、というわけではない。
そのお客様は、もうすでにバスに乗って、エイベル・タズマン・カヤックスのベースに向かっているのだ。
その方が到着してすぐに事情をご説明申しあげ、「もしあなたの事情が許すならば、明日のツアーに参加していただいても良いですよ」とオファーした。
なんせ、番組でご覧の通り、あの日は極めて不安定な天候で、ツアーが催行できるかどうかさえ微妙な状態だったのだ。
ところが、彼は迷いに迷ったすえ、この「沈道中」もとい「珍道中」に同行することに腹を決めてしまった。
本音をいえば、彼が翌日に延期を希望してくれれば、非常に楽だった。
お客様の数も偶数になるから、私は自分のシングル艇に乗ることも出来て、より「ガイドらしい」画が撮れることだし。
しかし、お客様が参加をご希望になるなら、こちらもプロ、意地でもこのお客様には楽しんでいただかなくてはならない。
もちろん、この日ばかりは私1人では心もとないので、ウィリーとリアンにもその辺の事情を言い含めて、彼らにも全力で(もちろん、カメラに映らない範囲内で)、そのお客様のカスタマーケアにあたってもらうようにお願いした。
ところで、おかしな点にお気づきにならなかっただろうか?
番組中、私はグループの人数をきかれて、
「お客さん7名に私自身を含めて合計8名」
と答えている。
しかし、実際に海に出たのは3艇6名。
実は、あまりの雨の激しさに恐れをなし、バックパッカーズ・ホステルから参加してくれることになっていた2人が、ベースまでは来てくれたものの、キャンセルしてそのまま帰ってしまったのだ。
自己紹介シーンで彼らはチラッと映っているのだが、あのシーンの撮影直後にいなくなったのだ。
番組中でその辺の事情が何も説明されなかったため、不自然なことになってしまっていた、というわけである。
さて、そういうわけで、出艇した3艇のタンデム艇のスターン席に座っていたのは、全員プロガイドであった。
海は予想以上に荒く、この日はうちの会社も他社も含めて、ツアーを見合わせたグループが多かった。
私自身も、通常のグループならばキャンセルしてしまったかもしれない。
しかし、この面子ならば、何の問題もない。
なんせ、ウィリーと組んだ野口氏はトライアスリート、私と組んだ神薗嬢は前述の通りカヤック三昧をしにニュージーランドに滞在しており、私自身の手ほどきを受けてカヤックを修行中、という面子だったのだ。
そして、リアンと組んだ「本物のお客様」も、カヤック経験はほとんどないものの、身長は180cmを超える堂々たる体格で、おそらく心配はないだろうと判断。
おまけに撮影班がのるウォータータクシー(モーターボート)が伴走するのだが、ドライヴァーは名手である社長だという。
つまり、いまだかつてこんなに安全なツアーは、運行されたことがないのではないか?と思えるほどの、万全な体制だったのだ。
といわけで、普段なら相当に気をつかわされるラフ・コンディションながら、頼もしい2名のプロガイド達のおかげで、私自身はなぁ〜んにも気にすることなく、ほとんど仕事を忘れて楽しく漕ぐ事が出来たし、「本物のお客様」であるブラジル人のヴター・ヒューゴ・ソンタグ氏にも心底楽しんでいただけたのは、彼のインタヴューシーンの会心の笑顔でお分かりの通り。
2人には、本当に感謝、感謝だ。
ちなみにまたもや蛇足だが、ウィリーは来期からうちの会社に移ってきて、同僚になってしまうことになった。
彼も間違いなく「エイベル・タズマン国立公園No.1ガイド」のうちの1人なので、これでまたうちの会社のガイド陣が分厚くなる。
個人的にも、彼は非常に親しいし、来期はますます面白くなりそうな気配。
◆ タープ ◆
番組をご覧になったカヤッカーの方から、食事シーンで使っているタープについてご質問を受けたので、ここに採録しておこう。
ご質問は
「あのタープは、パドルを使って立てていたが、それ用に何か特殊な工夫がしてあるのか?」
というもの。
彼はちょうどそのころオリジナルタープ構想をもっていらっしゃったのだそうだ。
参考にしよう、ということだったらしい。
実は、その点は社外秘なので、残念ながら明かせない。
というのは真っ赤なウソ。
あれはまともに防水加工さえされていないただの長方形のナイロン布。
ロープをとりつけるループは、四隅の他に長辺に2ヶ所、短辺に1ヶ所、合計で10ヶ所からロープが出ている。
ただそれだけ。
パドルを固定する仕組みなんぞないし、我々はぺグさえ持っていない。
どうせ砂浜ではペグなんぞききゃしないので、よく砂袋がアンカーに使われるのだが、常に時間との戦いを強いられる我々は、そんな手間のかかる事もしない。
我々の場合、流木、立ち木、あるいはカヤックをアンカーに使用する。
パドルをポール代わりにすることもあれば、木登りして高いところにロープを結びつけてしまい、ポールなしで張ることもある。
パドルの固定方法もイロイロで、ロープをパドルに巻きつけるときもあれば、砂を掘って埋めることもある。
あの撮影の時は、ただ単に立てて、タープのテンションで砂に押し付けるようにしてバランスをとってしまうという、非常にズボラで強引なやりかたをした。
ウィリーとリアンがいたから、途中で倒れそうになっても連中がフォローしてくれるだろうという、甘い考えである。
張り方も、そのときそのときで千差万別。
屋根型に張る事もあれば、V字型に張ることもあるし、片流れにすることもある。
私はやったことはないが、ウィング型に張るガイドもいる。
地形、アンカーに使えるもの、風向きや強さなど、そのときそのときの状況次第、である。
というわけで、その方のオリジナルタープには、あまりご参考にならなかったかもしれない。
ちなみに、22日(月)にインタヴューシーンと一緒に撮影した原稿執筆シーンがあるが、あのとき使っているウィングタープは私の私物。
スノーピークの廃盤モデルだが、防水さえまともにしていないようなタープが多いニュージーランドで、久しぶりに日本製のタープを持ち出してみると、使うのが惜しいほどの高級品に見えてしまって、畏れ入った。
あのタープは、コーディネーターのミスターカンジと2人で張ったのだが、これがまたお粗末。
ニュージーランド初のフライ・フィッシング・ガイドと、日本人初のSKOANZ認定ガイドという組み合わせだったにもかかわらず、張り終わって気づいてみれば、タープ本体の布が裏返し・・・。
もちろん、あまりに疲れていた私の
「ま、そこまで映りゃしませんよ、だいじょぶ、だいじょぶ」
の一言で、そのまま撮影してしまったのは、言うまでもない。
私が気にしないなら、他に気にする人はいるわけがない。
しかしながら、1日ツアーのときは荒天、翌日のインタヴュー&原稿執筆シーンはこの上ない好天とは、皮肉なもの(そういえば、レスキュー訓練の時もいい天気だったな)。
まぁ、そのおかげで天候にヴァリエーションが出て、「物語性」が強くなったと、撮影班の方はおっしゃってくださっていたが、おそらくそうとでも思っておかないとやってられなかった、というのが本音かもしれない。
だから、私もそう思っておくことにしている。
あ、そうそう、ヤラセの項で書き忘れたが、ビーチにタープを持ち出して原稿を執筆、なんてもの、もちろんヤラセ。
あれは、私がウケを狙って提案したもの。
実際に原稿執筆するときは、自宅のデスクトップPCを使用している。
さて、あれがウケ狙いだと気付いて、何人の方が笑ってくださったのだろう???
自分自身は、いまだにあのシーンをみるたびに
「んなわきゃねぇだろうが!何がビーチで執筆だ、この大バガヤロ様!」
と爆笑してしまう。
ウケているのが自分ひとりだけだったら、これはかなり寒くて寂しい・・・。
◆ 価千金!50万円ロウ・ブレイス!! ◆
コマーシャルから番組に戻る瞬間に挟まるシーンは、タンデム艇のスターン席で漕ぐ私を、バウ席から撮影した、面白いアングルの映像だった。
この撮影が怖かった。
撮影は、昼食が終わり、雨が止んだ隙にやったのだが、なんせ、カメラは50万円。
しかも、中には撮影済みのカセットもまだ入ったまま。
カメラマン氏はカヤックに生まれて初めて乗る(それまでは、ウォータータクシーの上からカヤックを撮影していた)というのに、それがいきなりバウ席に膝をついて後ろ向き。
もちろん、重心は非常に高い。
全員の期待通り、出艇して間もなく、案の定彼はバランスを崩してグラッ!。
陸上で見ていた全員が、
「あ、こりゃ行った・・・」
と思ったらしい。
私も思った。
しかし、50万円!!という言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、私の見事なロウ・ブレイスが決まっていた。
あれは今思い出しても、冷や汗が出る。
だって、ロウ・ブレイスが決まってカヤック自体は沈(転覆)をまぬがれたとしても、カメラマン氏だけがカメラもろとも水に転落する可能性だって、十分あったのだ。
いやぁ、よかった・・・。
ご存じない方のためにご説明しておくと、ロウ・ブレイスとは、沈しそうになったときに、それをとっさに防ぐための「カウンター・パンチ」のようなテクニックで、瞬間の技ゆえにプロガイドでもタイミングを逃して失敗したりする事がままある、というシロモノである。
ちなみに白状すれば、あのとき、私の背後のスターンハッチは開いたままになっていた。
プロでなくても、絶対にやっちゃいけないミスである。
たとえ、普段とは全然勝手の違う状況であったとしても。
たとえ、ほんの1、2分その辺を軽く漕ぐだけであっても。
いや、ほんとにお恥ずかしいプレ・インシデント、ヒヤリハットである・・・。
今後の教訓のために、大反省とともに、あえてここに記して恥をさらしておくことにした。
超大反省。
◆ ミス ◆
今度は私のミスじゃなくて、番組編集のミスを指摘するコーナー。
たわいないレヴェルのミスばかりなので、別段問題はないのだが、とりあえず「裏話」のページなので、重箱の隅をつついてみよう。
- ツアーガイド勉強中 神薗光子さん
上記の通り、彼女は趣味としてカヤック三昧、トランピング三昧をしにニュージーランドに来ていただけなので、ガイド修行中とは真っ赤なウソ。
本人も
「なんでそんなことになったんやろ・・・」
と青ざめていた。
が、何が起こるか分からないのが、人生の面白いところ。
帰国後見つけた新しい就職先に馴染めなかった彼女は、なんとつい数日前に野遊び屋に就職して、本当にガイド修行を始めてしまったのだ。
次に帰国した時は、私は彼女に「カヤッキング技術」ではなくて「ガイディング技術」を教える事になるようだ。
というわけで、この部分は「ミス」というよりも「先取り」だったのかもしれない。
ついでに暴露すれば、彼女は21日(日)の1日ツアー撮影終了後に、撮影班と一緒にカラオケに繰り出した。
ホントは私も誘っていただいたのだが、あまりに疲れすぎていて辞退して、その代わりに弟子を人柱に差し出したのだ。
で、彼女は、この場でしばらく騒ぐまで、完治さんの正体「ミスターカンジ」に、まったく気づいていなかったという。
「幹事さん」だと思っていたのだそうだ・・・。
ヤレヤレ・・・。
こんなオッチョコチョイが、ホンマにガイドになれるんやろか???
ムッチャ心配・・・。
- ガイドの統括者(カヤック歴7年) ジョン・マクベイ
私の師匠。
カヤック歴7年だなんて、大嘘もいいところ。
7年というのはシーカヤックガイド歴で、ラフティングガイド歴は13年という、超つわもの。
元々イギリス人なので、BCU(ブリティッシュ・カヌー・ユニオン)の事情にも詳しく、半年はスイスでラフティングガイド&キャニオニングガイドをやっているので、その腕前や独自のレスキュー・メソッドはエイベル・タズマン国立公園でもピカイチ。
SKOANZの試験官が舌を巻くほどである。
無名であるが、世界でもトップクラスのインストラクターなのは間違いない。
残念ながら、彼は今期を最後に7年の勤務にピリオドを打ち、エイベル・タズマン・カヤックスを去ってしまったのだが・・・。
それにしても、ヤツはうちの会社で一番下らないジョークを言うことで有名で、ビジターブックにも「ジョンにジョークブックを買ってやってくれ」などとお客さんに書かれる始末。
そんなヤツにユーモアを誉められて、喜んでいいのか、悪いのか・・・。
- リトル・カイテリテリ
私が原稿を執筆しているシーンで出る地名テロップであるが、あのビーチは、「リトル」のつかないただのカイテリテリ。
リトル・カイテリテリは、インタヴューシーンで私の背後に映っているビーチである。
小さな岩場(私がインタヴューシーンの時に座っているところ)を挟んで隣り合っているので、混同されてしまった模様。
◆ 失言 ◆
疲れていて頭が回っていなかったので、変な発言はたくさんやってしまった。
例えば、「ガイドの楽しみ」という質問で
「やっぱりこういう帰ってきたお客さんの笑顔ですね。
これが、明日への、モチヴェーションの、あれですねぇ。」
なんていう、言いたいことはわかるが、お前しゃべるのが商売やろ、もうちょっとマシな言い方できへんか??というような発言をしたあげく、
お客さんの笑顔が明日への活力
というテロップに助けられる、などという失態をやったりもしている。
うぅぅ、ムッチャ恥ずかしい・・・。
あのシーン、カットしたい(切実)。
でも、そんなのよりもっともっとヤバイのは「60代、70代のお年寄り」という発言だった。
70歳はまだしもかもしれないが(それでも言わないに越したことはないのだろうが)、今時60代はお年寄りには入らないなんてことは、もはや常識に近い。
自分でも言った直後に「しまった!」と思ったのだが、すでに「すみません、今のシーンもう一度」という気力さえなかった。
なんせ、実はあのセリフ、番組中ではカットして使ってあるものの、実際にはもっともっと長く喋っていたのだ。
案の定、あの発言はオンエア時に義母に叱られてしまった・・・。
ご容赦ください>全国の60代以上の方
(撮影直後に帰国して、オンエア時に日本でリアルタイムで自分も観ていた、なんてヤツは、おそらく『未来者』始まって以来のことだったのかもしれないなぁ。)
◆ メリット ◆
本人としては、あまり気乗りしないままに承知したうえに、運悪くたまたま激烈なスケジュール下での撮影になってしまったこのTV出演だが、それを補って余りある大きな恩恵も蒙ったので、それもあわせて記しておきたい。
- シーカヤックのアピール
今までシーカヤックに興味を持っていなかった人が、あの映像で具体的イメージをつかんで、突然興味を抱いた、という話がたくさん舞い込んできた。
やはり、映像の威力はスゴイ。
あの番組が、シーカヤック・プロパー、アウトドア・プロパーの視点で作られたものでなく、カヤックやアウトドアにはまったく縁のない門外漢、しかも映像のプロフェッショナルが編集したものであったということも、大いにプラスに働いていると思う。
仮にあれがカヤッカーの手によって編集されたとしたら、もっとカヤッキングシーンやレスキュー訓練シーンに比重が置かれ、結果的に「カヤックに興味のない人」にとってはつまらない映像になってしまったことだろうと思う。
自分自身が「昨日まで、カヤックに興味なんてなかった」という観光客の方を楽しませる仕事を生業とし、ライターとしてもアウトドア・プロパー、カヤック・プロパーに限らず、もっともっと幅広い読者層を想定してモノを書こうとしているので、今回の『未来者』の編集は、自分の波長とピッタリで嬉しかった。
後にプロデューサー氏から
「もっとRyuのライフスタイルの方にも焦点を持っていけばよかったなぁ、と反省している」
との後日談をいただいて、なるほどそれも面白かったなとも思ったが、まぁあれはあれでよかったと思う。
もっとも、カヤッカー諸氏からは「もっと漕いでいるシーンが欲しかった」という声が多かったのは事実だが・・・。
- プロガイド論のアピール
拙サイトコンテンツ『プロガイド論』は、内容が内容であるだけに、感情の機微の伝わりにくい文章で読むと、いらぬ誤解を生むことが多かったようである。
もちろん、それは私自身の筆力のなさに起因しているので、責めは全て私にある。
今回番組内でも、『プロガイド論』で述べているのと同じことを喋った。
表現方法は少々変えたが、内容は同じである。
疲れきった頭を振り絞って、言葉をつむいだ。
本音をいえば、サイトでやった失敗の二の舞をテレビでやらないようにするために、ほんのわずか残っていた気力、体力、知力のすべてを、ここに集約した、といっても過言ではない。
その結果、「本人が映像で喋っているのを観て、サイトを読んで抱いた悪印象が完全に覆った」という嬉しいコメントもいくつかいただいた。
やはり、映像は偉大、である。
そして、私の筆力はマダマダ、である。
反省、反省、修行、修行。
- フォワード・ストロークの矯正
撮影の後の話だが、今シーズン早々、私は左手首を傷めてしまっていた。
前述の先輩ジョンも、非常に心配していてくれたのだが、日本から届いたこの『未来者』のヴィデオを見せたら、いきなり怒られた。
「お前な、そんなパドリングフォームだから、左手傷めるんだ!」
「傷めたのは、カヤックをウォータータクシーに毎日積み下ろししてたのが原因で、パドリングじゃないよ」
「それにしたって全然よくならないのは、あのフォームのせいだ!ちょっと来い!!」
おかげさまで、フォワード・ストロークを矯正していただけた、というわけ。
素晴らしい置き土産に、大感謝>ジョン・マクヴェイ師匠
よって、私の今のフォームは、あの番組中のフォームとは違うので、間違っても「あのダメなフォーム」は真似しないで下さい(笑)
真似するなら、ウィリーのフォームの方をどうぞ。
もっとも、今は育児休暇で、もうかれこれ1ヶ月以上パドルを握っていないので、悪い癖が復活してしまっている可能性も、なきにしもあらず・・・。
自分自身、こんなに書くことがあるとは思いもよらなかった。
忘れていたことを思い出したりして、自分自身はずいぶん楽しかったのだが、ご覧になった方が果たしてお楽しみいただけたのやらどうやら・・・。
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