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手作り生活

その3 快楽主義者のヒッピー宣言







 その1その2で自分達夫婦の事を快楽主義者だと書いた。 適、爽チン、しい、そういう生活を真摯に追及、求道しているのである。 こんなこというと、戦前、戦時中はいうにおよばず高度経済成長の時代にだって『非国民』扱いされたんだろうが、今の時代には「1回こっきりの人生、楽しまなきゃ損だ!」と個人の楽しみに目を向けて生活を見直そうと言う方は少なくないはずだ。

 『快楽』は個人によって様々だ。 『呑む打つ買う』に生甲斐を覚える『伝統的王道快楽主義者』の方は少なくないだろうし、ネットの世界に埋没するのが何よりという『電脳的快楽主義者』って方も赤丸急上昇中だろう。

 我々の場合は、ちょっと一言で言うのが難しい。 思いつくままにランダムにキーワードを挙げてみるとこんな感じだ。 『手作り』『民芸』『日本の伝統文化』『自給自足』『エコロジー』『アウトドア』『健康』『ハーブ』etc・・・。 我々夫婦は東京で暮らしていたのだが、こういう指向を持った人間が東京で『快楽的かつ文化的な生活』を送るのは難しい。 ある日、この自分達の指向性を改めて考えていた時、
「あ、オレ達はヒッピーなんだ!」
ということに気付いてしまったのである。 我々はいわば『ヒッピー的快楽主義者』だったのである。

 ヒッピーというと、日本では『小汚いヒッピーファッション』『働かないでプラプラする』『酒、ドラッグに溺れる』などのマイナスイメージしかないようだ。 ヒッピー文化華やかし70年代に、そういう『表面上のファッション性』だけが輸入されてしまったせいだろう。 私達が自分達を称して『ヒッピー』っていうのは、もっと精神的な面だ。 我々と直接面識をお持ちの方々はご存知の通り、我々は酒は少々呑むものの、ドラッグにも小汚いヒッピーファッションにも無縁だ。 また、いわゆる『ヒッピーっぽい』方々とのお付き合いも皆無だった。 ヒッピーは物質文明に背を向け、精神文化を取り戻そうとした人々だ。 彼らの標榜した『ラブ&ピース』はなぜかいつのまにか『ドラッグ&セックス』に摩り替わり、前述のような『悪印象』を与えるシロモノに成り下がってしまったのはつくづく残念だ。 まぁ、『ホンモノのヒッピー』なんて、誰でも彼でもなろうと思ってなれるもんじゃないから、これはある意味仕方ないのかもしれない。 流行してしまえば質が落ちるのは当然の話だ。

 おっと話が逸れた。 ここでは別にヒッピー史を語ろうってわけじゃない。 話題を我々の方に戻そう。
 我々の場合、別段物質文明に「背を向けよう」とは思っていない。 しかし物質社会、消費社会で『快楽』を得られないのは確かだ。 だから、自分達で『快楽的生活』を『手作り』する必要があった。 すなわちこれ『ヒッピー』である。

 こういう生活を求めていろいろあがいてみたが、結局「日本では無理だ!」ということを再確認させられるだけの話だった。 こうなると選択肢は2つ。 『日本国内で妥協して生きていく』か、『実現可能な地を求めて足を踏み出す』か。 我々は後者を選んだ。
 いろいろ候補地を調べたが、どういう角度からアプローチしてもかならず筆頭候補に挙がってくるのがニュージーランドであった。 しかもニュージーランドの場合、1年間のワーキング・ホリデー・ビザを利用することが出来る。 1年間という期間も魅力的だし、働くことも可能というのはさらに魅力的なビザであった。 理想の地を探すにはうってつけのビザだ。 というわけで、最初に行ってみる国はニュージーランド以外は考えられなかった。 ちなみに当時、他にもカナダ、オーストラリアもワーホリ・ビザを発行していた。 これらの国も実は候補に挙がっていたのだが、ワーホリ・ビザに関しては私達は年齢制限を過ぎていた。 取得可能なのはニュージーランドのビザだけだったのだ。 (ちなみに現在は韓国、フランスもワーホリ・ビザを発行するようになっているようだ)

 すったもんだの挙句、結局ニュージーランドに来てしまった。 自分達の理想に叶う土地があるのかを探すのが目的だから、入国後すぐに一周旅行をした。 旅行に関してはAotearoa Mailで膨大なメモリーを費やして詳述しているのでここでは再述は避けるが、とにかくその旅行中に我々はネルソンに惹かれた。 ネルソンに関しては、実は何の情報も持っていなかった。 ただ何となく行ってみたいと思い、何となく行ってみたのである。 ところがバスがネルソンの町に入っていこうとする瞬間、まだ車中にいたにも関わらず
「あ、ここだ!!」
と、ピンと来てしまったのである。 もちろん、夫婦揃って。

 かくして我々はネルソンに腰を落ちつけた。 住み始めて分かったことは『ネルソン地方はヒッピーのメッカ』だということであった。 ホントに70年代から自給自足生活を送っている生え抜きのフラワーチルドレンがまだたくさん生き残っている地域だったのである。 後から落ちついて考えてみれば、ネルソン名物の『オーガニック農業』『アート』『アウトドア・エコ・ツーリズム』などは、すべてヒッピー文化の賜物に他ならない。 ニュージーランドNo.1のお天気町という温暖な気候、エリアの広さの割に少ない人口、これらがヒッピーを呼び寄せたのだろう。 つまりここはニュージーランドの中でもいわば異色の土地柄であり、我々にとってはおそらく唯一無二の選択地となるべき場所だったのだ。 この事実を知った時、「我々はここに来るべくして来たんだな」という『縁』に深く驚くとともに、それを敏感に感じ取ってしまった自分達の『ヒッピー度』の高さを改めて痛感することになった。

 こうして我々の快楽主義者としての求道、ヒッピー修行が始まった。 妻Ryokoは日本で独学を続けていたアロマセラピーを正式に学校で学び始め、同時にハーブの師匠も見つけてこちらにも通い始めた。 私はシーカヤック・ガイドの職にありつき、ヒッピー文化の落とし子である『エコ・ツーリズム』に関わるようになった。
 こちらで生活してみてすぐに感じたのが、『ニュージーランドの人々は、仕事よりも生活、人生を楽しむことを主眼に生きている』ということである。 大都会はまた少々事情が異なってくるのだろうが、この地方の場合は生活費が安い。 だからあくせく働く必要がない。 別にヒッピーではない普通の人の場合も、ビジネスチャンスがあっても「忙しくなるんだったら嫌だ」ってんで、せっかくのチャンスをむざむざ放棄するような土地柄なのだ。 これが我々にとっても非常に心地よい。 まさに『快楽主義者』の土地である。

 『快楽主義者の土地』といえば、私の働いている国立公園南端の村、マラハウなんかまさしくそういう土地だ。 人口はおそらく100人未満。 国立公園の入り口という立地を生かした『観光産業』で成り立っている小さな小さな集落だ。 ところが日本の観光名所のようなけばけばしい雰囲気は皆無。 むしろ日本人が見れば『寂しい』と感じる程度のものである。 もしあらかじめ『エイベル・タズマン国立公園はニュージーランドで最も観光客数の多い人気No.1国立公園だ』という事実を知っていたならば、あまりの閑散とした様に驚くはずだ。 少なくとも私はあらかじめ知っていたので、物凄く驚いた。 結局後に自分が働くようになってから分かったのは、やはりこのマラハウもヒッピー文化の産み落とした村だっていうこと。 エコ・ツーリズムは明らかにヒッピー文化の流れを汲んでいる。 マラハウに住んでいる人間、マラハウで働いている人間は、ほとんど全員が国立公園に関わるエコ・ツーリズム関係者だ。 シーカヤック・ガイド、ウォーター・タクシー・ドライバーなど・・・。 だから私は自分も含めてマラハウ関係者達を『体育会系ヒッピー』と呼んでいる。 こういうところだから、けばけばしい雰囲気がないのは当然ともいえるわけだ。

 まだまだ我々夫婦はヒッピーとしては見習、駆け出しだ。 一生かけて立派なヒッピーを目指すための足掛かりを築こうとしている段階だ。 でもすでに相当な『快楽』を感じている。 正直に言えば、日本で生きてきた30年間は、朝起きた瞬間に『あぁ、今日も幸せな1日が始まった!』と幸福な気分になったことはなかった。 こちらではよほど体調が悪くない限り、幸福感に包まれて目が覚める。 『快楽主義者冥利』に尽きる。

 さて、あとは立派な老ヒッピー夫婦を目指して頑張るだけだ。 おっと、頑張りすぎは良くない。 なんせ我々は『快楽主義者』だ。






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