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前章に引き続き、『本棚雑想』シリーズだ。 今回は世界的な超ロング&ベストセラー『パパラギ』(立風書房)を取り上げてみよう。 ニュージーランドに渡ってくる前、東京で生活していた頃は私は法律関係の仕事をしていた。 西新宿にある事務所に勤務しながら自分も資格試験を目指して勉強していたのだ。 そもそもその資格を目指したのには確固たる動機があったわけではない。 もともと学生時代にはアウトドア関係の方面に進みたいという夢を抱いていた。 しかし日本ではアウトドア関連での仕事といえばショップ店員かライターくらいしかなかった。 まぁこれは今現在もそう状況は変わっていないだろう。 とにかく私にとってはどちらもピンと来なかったので、諦めるしかなかった。 当時は海外のアウトドア関連の仕事の情報がほとんどなく、情けない話だが体当たりで飛び出して行く根性もなかったのだ。 他の方向を考えなくてはいけなくなった。 そこで自分のことを改めて考えてみた時、自分の取り柄といえばギターくらいしかないことに気付いた。 ちょっと不思議な話なのだが、プロ・ミュージシャンを目指すつもりは全くなかったくせに授業をサボって1日中ギターを抱えていたお陰で、腕前だけは当時すでにプロ級であった。 当時の音楽仲間に「プロを目指す気はさらさらなかった」というと、いまだに非常に驚かれる。 プロを目指して腕を磨いたわけではなく、たまたまプロ級の腕があって他にやりたいことが見つからなかったから『仕方なく』プロを目指しただけの話だ。 しかし、やはりもともとがアウトドア指向、なおかつ単独行動派、音楽自体はもちろん大好きなのだが、穴倉のようなスタジオに篭りっきりになるのも性に合わないし、メンバー達と話し合い、時間のやりくりをして練習スケジュールを組むのも相当に鬱陶しかった。 活動時間が夜中になるのもイヤだった。 いくら腕があってもそんなんじゃ長続きするわけはなく、結局これも断念。 『趣味と仕事のギャップ』や『職業適性には能力適性のみならず性格適性のウェイトも非常に大きい』ということを思い知る羽目になった。 『好きじゃなきゃ続かない』っていう単純な話だが、当時の私にはそんなこともわかっていなかったのだ。 ここにいたって完全に人生の目標を失った。 本当ならここでキチンと自分と向かい合って『自分のやるべきこと』、いや『本当に自分がやりたいこと』を自問自答すべきであった。 しかし20代前半の甘チャンだった私は、またもや『何となく』法律関係の資格を目指すことにしてしまった。 父がやはり法律関係の仕事をしていた影響が大きかったのだろうが、何も考えていなかったという意味ではギタリストを目指した時と同様、あるいはそれ以下の動機である。 『好きじゃなきゃ続かない』ってこと、まだ身に沁みて分かっていたわけではなかったようだ。 元来生まれついての屁理屈野郎ゆえ、法律関係に関しても能力的には十分な職業適性を持っていた。 しかし結局ギタリストを目指したときと同様、性格的な適性がゼロだった。 勉強にも身が入らず、仕事にもヤリ甲斐、生甲斐が見出せない。 ボスも素晴らしい人だったので仕事環境としては文句なしだった。 だから余計に自分の不甲斐なさが歯痒かった。 しかし、人生を本気で見詰め直す勇気がなかった。 それが必要なのはよく自覚していた。 しかし、生活を180度転換する覚悟がつかなかったのだ。
そんなとき『パパラギ』と出会った。
当時付き合い始めたばかりの彼女、現在の妻Ryokoが、 ご存知の方も多いだろうが、簡単に内容を紹介しておこう。 これは20世紀初頭の西サモアの酋長ツイアビの演説をドイツ人の著者が発表したものである。 「パパラギ」とは西サモアの言葉でヨーロッパ人のこと。 自然の中で自らを自然の一部として生活していた恐ろしく聡明な男酋長ツイアビの見た、物質文明に蝕まれたヨーロッパ批判の演説集である。 現在の我々の目から見ればまだまだ素朴だったと思われる100年ほど前の社会を批判するツイアビの言葉は、極めて的確に我々の現代社会の虚構をも突いて来る。 昔『ブッシュマン』という映画が、彼の目を通じて西洋文明社会を滑稽に描き出してみせたが、あれのノンフィクション版だと思って頂ければいいかもしれない。 違いはツイアビが恐ろしいほどに聡明で物事の本質を捉えていたという点だ。
Ryokoはまさかこの本が自分達の人生を変えてしまうほどのシロモノだとは思わず、ただなんとなく私のテイストに合いそうだ、っていうだけの軽い気持ちで私に手渡したようだった。
しかし、私にとっては 実は『パパラギ』を読む直前、もう1冊の運命的な本と出会っていたばかりだった。 心の師の1人、『現代の老子』と呼ばれる自然農法家、福岡正信老師の著作だ。 老師についてはまた章を改めて想いを綴ろうと思うが、この2冊によって私の人生は変わった。 もちろん、『自分を見つめ直す』『自分のやりたいことを自問自答する』という作業は口でいうほど生易しいものではない。 人間の心は『親の意向』『世間の目』『倫理』『見栄・虚栄心』などという名の『殻』によって閉ざされてしまっている。 これらの実体は、すべて自分自身で作り出してしまった『幻影』に過ぎないのだが、自問自答に際してこれらの『幻影の殻』が徹底的に邪魔になる。 本当に本音で自分自身と語り合おうと思ったら、まずこれらを壊さないことには全くお話にならないのだ。 しかしこの『殻』を壊すという事は、自分自身でも直視したくない己の自我と対面する作業を意味する。 当然だ。 自分と対話するのに親の意向も世間の目も関係ない。 自分の本音、つまり己の自我と1対1で対決しなくてはいけないのである。 これは想像以上につらいつらい、本当につらい作業だった。 ホントに長い時間を要する『自己との戦い』であった。 しかし『パパラギ』がその作業を支えてくれた。 結果、私はくだらない『殻』を脱ぎ捨て、人生を変える覚悟を手にすることが出来た。 今も落ち込んだ時などに時折この本を手にする。 薄っぺらな小さな本にもかかわらず、泣いたり笑ったりして読み終えた時には、すっかり気分はスッキリしてしまう。 アロマセラピストの妻には申し訳ないが、そのヒーリング効果の程はアロマセラピーの比ではない。 しかしツイアビという男、果たしてどのような人物だったのだろうか? 想いは遠くまだ見ぬ西サモアに飛ぶのである。 いやぁ、世の中にはつくづく凄まじい人物がいるもんだ!! |
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