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Auckland

23〜26/Sep./1998



Auckland - オークランド -

 100万人以上の人口を抱えるNZ最大の都市。全人口の3分の1近くの人がこの都市に暮らしていることになる。Tasman Sea(タズマン海)側、Pacific Ocean(太平洋)側の両側から複雑に海が入り組んだ地形上にある港街であり、"City of Sails"(帆の街)のニックネームを持つ通り、週末には多くのヨットが湾に浮かぶ。ヨットといえば、次回の"America's Cup"は、2000年にここAucklandで開催される。

 ここもDunedinと同様に坂の多い街。変化に富んだ地形は色々な顔を持つ魅力的な街を作り出している。近郊にも豊富な自然が残っており、北のBay of Islands(ベイ・オヴ・アイランズ)地方への玄関口にもなっている。







from Rotorua to Auckland

 最後の最後で大失敗です。 昼食休憩に立ち寄った場所で迷子になってMagic Busのドライバー、乗客みんなに大迷惑をかけたんです。 事の顛末はこう。

 休憩したのはMount Maunganui(マウント・マウンガヌイ)という小さな小さな町。 到着したとき、ドライバーがぐるっと町を一周し、あるビーチで「ここが集合場所」というんです。 で、バスを下ろされたのはVisitor Information Centre
 我々夫婦はサンドイッチ買ってビーチに出て昼食をとりました。 貝殻を拾ったり、スズメにパンを分けてやったりしてのんびりし、そろそろ集合時刻だということで、ビーチ沿いに歩いて集合場所を探しましたが、どうしてもそれらしいビーチがありません。 実はここはちょうど自然に出来た幅数百メートルの防波堤の上にある町。 つまり町の両側にビーチがあったんです。 我々がいたのは湾の内側のビーチ、集合場所は太平洋側のビーチでした。 ガイドブックにも載ってないような小さな小さな町なので、ぜんぜん分かりませんでした。

 それにしても土地鑑の無い外国人ばかりが乗ってるのに下ろす場所と集合場所を変えるってのはヒドイですよね。 ビーチが両側にあるって話も聞いてなかったし。 後になって同じドライバーが同じ町でやはり迷子を出していたという話を聞きました。
 というわけで、半分はドライバーの責任なんですが、迷子になったのは我々2人だけだったので、やっぱり我々も悪いですね。 なんせ私なんてRotoruaで湯あたりして寝てたもんで、バスが町を一周してる間、ちゃんと道を見てなかったんですよね。 妻Ryokoは方向音痴だし。

 まぁ、とにもかくにも置いて行かれなくてよかった。 あぁ、恥ずかしかった*^_^*;



Kiwi Fruits World Wrong Beach
これはまだ迷子になる前、午前中に休憩した"Kiwi Fruits World"(キウィ・フルーツ・ワールド)というお土産物屋さん。この馬鹿デカイ看板の上の方から身を乗り出して手を振ってる馬鹿は、です(^_^; さて、これが問題のMount Maungauiのビーチです。向こうに陸地が見えてるのお分かりでしょうか? 内側の間違ったビーチです。ここで飯など食っておりました。ばかにいい陽気ですっかりくつろいでたんですがネェ・・・。
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Sparrow Mt.Maunganui Main Beach
ここのスズメがまたバカにひとなつっこくて、手から直接パンを取って行ったりするもんで、大喜びで遊んでました。この写真はパンが尽きたんで、拾った貝殻をスズメに見せてあげてるところ。全然喜んでもらえませんでしたけど。 時間が過ぎても誰も見当たらないし、どうも集合場所といわれたとこの景色と違う。でうろうろと歩き回り、やっと人をつかまえて尋ねて、結局集合時刻を20分程過ぎた頃に反対側のこのビーチを探し当てました。太平洋側の正しいビーチです。このときバスは我々BAKA二人を探しにウロウロしており、乗客の半分くらいが集合場所で待っててくれてました。みんな、ゴメンよぉ。Ryokoは半ベソでした(;_;)
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Auckland

 湯あたりで体調悪いわ、迷子になるわで、随分落ち込んだままAuckland入り。例によって投宿先はYHAです。Aucklandには2つYHAがあるんですが、我々が泊まることにしてたのは街外れの方のParnell YHA。到着したときはちょうどフロントが閉まってる時間でした。別段珍しいことではなく、今までもよくあった事です。あらかじめ予約してあれば、「Ryu - Room#205」などと書いてあり、その部屋の錠は開けてあるので、鍵こそ貰えないものの、部屋には入ることが出来ます。
 ところがここのYHA、そういう措置は全く無し。おかげで2時間ほど待たされる羽目になったんです。しかも、夕方になってやっとチェックイン出来たと思ったら部屋の掃除はされてないし、外出しようとすると天気が崩れて寒くなってくるし・・・。悪いことって続くもんなんですねぇ。

 というわけで、初日は散々な目に会い、Wellingtonの時と同様、すっごくAucklandって第一印象の悪い街でした。

 でも実はきれいな街なんですよね。神戸を少し大きくしたような感じでしょうか。古い街なので巨木だらけなのも気に入りました。北の方の街なのでポカポカとあったかかったし。

 そういえば持っていた冬服では暑くてやりきれなくなって、All Blacksのラグジャを買ったのもAucklandでした。 あまりにも定番のお土産アイテムなんで、買うつもりは毛頭無かったんですが、来期からAll Blacksのユニフォーム供給先が従来のCanterbury(NZのメーカー)からNIKEにかわるという話を小耳に挟んだもんで、思わず買ってしまいました。 ちなみにこの情報、まだ裏はとってません。 ホントだったら残念な話です。 どなたか真相をご存知の方、教えてください
 追記;結局adidasになってしまいました。本当に残念です。

 というわけで、前置きが大変長くなりましたが、NZ No.1の大都市Aucklandです。(今回はなんかやたら字数が多いなぁ・・・)




Auckland Sky City
高層ビル街だ。大都会だ。すごい。 これはAucklandの新しいランドマーク、Sky City(スカイ・シティ)です。正確にはタワーの横にあるカジノがSky Cityなんですけど。
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Sky City Parnell St.
もう1枚タワーの写真。 こちらは投宿先Parnell YHAの近くの通り、Parnell Street(パーネル・ストリート)の夜景です。Dunedinほど急ではないものの、平らなところはほとんど無い街でした。
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St.Mathew Anglican Church Albert Park
St.Matthew's Anglican Church(セントマシューズ英国国教会)です。Dunedinの同教会とは随分趣きが違います。 Albert Park(アルバート公園)の巨木です。街中にこういう巨木がゴロゴロしてるとこがこの街のスゴイとこです。さすが歴史の長い街。巨木コレクションのページにも同じ木の写真あり。
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Entrance Souvenir d un Ami
これはYHAの近くにあるDove Myer Robinson Park(ドーヴ・マイヤー・ロビンソン公園)の入り口。この公園内にParnell Rose Garden(パーネル・ローズ・ガーデン)やThe Nancy Steen Garden(ザ・ナンシー・スティーン・ガーデン)といった小公園が入ってます。 残念ながらバラの季節にはまだまだ早過ぎました。かろうじて咲いてたのが3種類程度だったかな? これはそのうちの1つ、"Souvenir d'un Ami"という品種です。
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Tree Climb
同じくDove Myer Robinson Park内です。何やってるんでしょうねぇ・・・(^_^;
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Auckland Institute and War Memorial Museum

 Aucklandでも博物館、行ってきました。 名前の通り、戦争に関するものが大変充実してます。 ただ、Maoriと白人の戦争史、ナチスのホロコースト、リアルな実物大の塹壕の模型、出兵して亡くなったすべての方のお名前が刻まれた壁など、そうとうにヘビーな内容で、カメラを構えるのがためらわれたため、戦争に関する写真は戦闘機2機だけです。

 写真は撮らなかったものの、いいも悪いもひっくるめてNZが関わってきた戦争の歴史を淡々と客観的に語り掛けてくるような展示には、深く考えさせられました。 私の無知かもしれませんが、日本だと原爆資料館くらいしか戦争博物館は思い浮かばないんです。 自分の国が関わってきたすべての戦争の資料を、客観的に集め公開するっていうのはすごく大切なことなんだと、いまさらながら気づかせられました。 Aucklandにお出での際は是非とも見ていただきたいと思います。ここもやはり無料です。




Entrance Entrance Hall
堂々たる建物です。ここでも歴史を感じさせられます。この博物館はAuckland Domain(オークランド・ドメイン)という大きな公園の中にあります。 これが入り口を入ったところです。館内は2000年の完成の予定で大改修工事中で、残念ながら、全体の3分の1くらいは見ることが出来ませんでした。
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Te Toki A Tapiri Ground Floor
1階はMaoriのコーナーになっています。これは戦闘カヌー"Te Toki A Tapiri"(テ・トキ・ア・タピリ)です。意味は忘れました(^_^; 2階から1階を覗いたところ。
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Pataka Spitfire
これはPataka(パタカ)という建物の装飾に使われていた彫刻です。この手の彫刻の目の部分はMaori語で"Paua"(パウア)、アワビの貝殻です。 第2次世界大戦時のイギリスの戦闘機、Spitfire(スピットファイヤー)です。
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Zero Fighter
そして、こちらが大日本帝国軍の戦闘機、零戦です。両方とも実物は初めて見ました。こういうのに乗って命を落とした若い兵士のことを思うと堪らないですねぇ。
この博物館で初めて知ったんですが、NZはイギリスが関与した戦争にはすべて兵士を送っているんです。自国自身はMaori - 白人間の内戦以外には戦場になったことは無いのに、世界各地で兵士が命を落としています。ここでその事実を知ったときは愕然としました。色々と考えさせられてしまいました。
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 Auckland在住のケチャップさんからその後の博物館情報が寄せられましたので、補足情報としてそのまま掲載いたします。(14/Mar./1999)


 今年1月25日より有料になりました。 入場料は$5-です。 一応”寄付金(=donation)”となっていますが寄付しないと入れてもらえません(どこが寄付じゃ!)。 マオリコンサートは別途料金がかかります。 その少し前から2階の展示内容が変わっています。 入植当時の町並みなどはすっかり無くなりました。 そこに、南極大陸から分離して今の形になる様子や動植物の歴史などがあり、恐竜の骨格やモアのはく製などが飾られていています。 また、現在ニュージーで見られる動植物もはく製等でみれるようになっていてKiwiもはく製になっています!? カウリの木も建物の中に植わっています。
 1階はいまだに改装中でマオリの家や戦闘用カヌーなどの場所が 変更されています。3階は全く変更ありません。

 という事だそうです。 有料になった後は日本からのツアーはほとんど入場しなくなってしまったそうです。 有料とは言えど、たかが$5。 十分過ぎるほど払う価値のある素晴らしい博物館です。 せっかくAucklandまで来ておいて、たかが$5をケチって見ないで帰る手はありません。 是非ともご覧になって頂きたいと思います。







 NZ一周の旅は、これでおしまいです。最後までお付き合いありがとうございました。

 実はAucklandからもう少し足を伸ばし、Great Barrier Island(グレート・バリア島)という島に渡るつもりだったんです。 Aucklandから船で2時間足らずの太平洋に浮かぶ島です。 NZを意味するMaori語のAotearoaって、実はもともとはこのGreat Barrier Islandのことだったんだとか。
 あるいはAucklandよりさらに北のBay of Islands(ベイ・オヴ・アイランズ)地方に行こうかという案もありました。でもうまく日程が合わず(Nelsonの友人が旅立ってしまう日が迫っていた)、また1ヶ月半の旅の疲れも溜まってきたせいでしょうか、妙にNelsonが懐かしく、ホームシックならぬNelson Sickにかかってしまい、結局早々にNelsonに帰ることにしてしまいました。

 Auckland自体は大変美しい街で、大都市ながら自然の香りも強く、少し足を伸ばせば前述のGreat Barrier Island、Bay of Islandsなど魅力的な場所もホントにたくさんあり、本当はじっくり腰を据えて時間をかけて観光すべきところでした。
 まぁ、また行く機会もあるでしょう。楽しみはそのときにとっておきます。

 ただ、やはり大都会なので、胡散臭い場所や怪しい人物が多かったのもまた事実。 昼間でも大都市特有の「怖さ」を感じさせる、NZ唯一の街でした。

 1999年9月にAucklandで起きた殺人事件のことは、皆さんもご記憶に新しいんではないでしょうか。我々はNelsonに戻ってすぐにこの事件を知りました。4、5人の日本人と一緒にいるときにそのニュースを聞きましたが、そのとき我々の間に走った衝撃は一生忘れられません。その中には「彼女」に会ったことがある、という人もいたんです。
 29才でワーホリに来る、という事は並大抵のことではなかったはずです。その年齢で国外に出るとなると、日本で色々なことに「きり」をつけ、多くのものを「断ち切って」来たことでしょう。これからの人生のために色々考え、がんばっていたことと思います。「彼女」の無念を思うと胸がつぶれます。一緒にニュースを聞いた人達は、実は皆同年代のワーホリだったんです。

 我々がAucklandにいた時、既にあの事件は起こっていたんですね。現場のビルの前も多分通っていることでしょう。恐ろしいことです。他人事ではありません。
 暗くなった街角で地図を広げたりしてるのって、決まって日本人ですね。一時盛んに言われましたが、やはりまだまだ危機管理が甘いような気がします。「彼女」の危機管理が甘かったのか、それとも防ぎようの無い悲劇だったのかは分かりません。でも気をつければかなりのことは防げるはずです。2度とあんな事件が起こらないことを祈ります。我々も十分に気をつけなくては。


 戦争の話題、殺人事件の話題など、 自分自身予想外のヘビーな終わり方となってしまいました。
 ご容赦下さいm(_ _)m







さて、"Nelson Sick"にかかってしまった我々は
夜行バスで一気にWellingtonに戻り、朝一番のフェリーに乗って
大慌てで"Sunny Nelson"に戻りました。
その日からSunny Nelsonでの生活が始まりました。

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Sunny Nelsonに腰を落ち着けてからも、
もちろん旅には出かけてます。
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