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Milford Track Vol.1

- General Information -

Introduction



CONTENTS



Fiordland National Park
Milford Track
History of the Track





Fiordland National Park
フィヨルドランド国立公園

 NZ南島西海岸の南端に広がる国内最大の国立公園で、Te Wahipounami South-west New Zealand World Heritage(テ・ワヒポウナミ・サウスウェスト・ニュージーランド世界遺産指定地域)内に属している。 面積は1,257,000ha。
 この公園の自然の特色は文字通りのフィヨルド地形と濃密なRain Forest。 ともにこの地域の桁外れの豊富な降水量に支えられている。 フィヨルド地形は氷河に削られてできる地形のことで、U字型の切り立った谷になるのが特徴で、海岸線は陸地に深く入り込む入江となる。 豊富な降水量と急峻な地形が氷河を生み出し、フィヨルド地形を形成したのである。 よってこの地域では雪山、氷河、U字峡谷、滝、島、そしてシダとビーチ・トゥリーの原生林などの荒々しい無垢の自然を楽しむ事が出来る。 ちなみにMilford Soundの年間降水量は6,000mmを越え、1週間のうち4日間は雨が降るといわれている。

 世界的に有名なTramping Track(トランピング・トラック=トレッキング・コースの事。trampingはtrekkingを意味するNZ英語)である、Milford(ミルフォード)、Routeburn(ルートバーン)、Kepler(ケプラー)、Dusky(ダスキー)、Hollyford(ホリフォード)などはこの地域に集中している。このうちMilford、Routeburn、KeplerはDOCによってGreat Walksに指定されている。


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Milford Track
ミルフォード・トラック

Map  The Finest Walk in the World (世界一美しい散歩道)と呼ばれるNZを代表するTramping Trackで、世界中のTramper(トランパー=トレッカーを意味するNZ英語)が訪れる。

 コースはNZ全体で2番目、南島では最大の湖Lake Te Anau(テ・アナウ湖)の北端のGlade Wharf(グレイド・ワーフ)からMilford Sound(ミルフォード・サウンド。サウンド=入り江)のSandfly Point(サンドフライ・ポイント)へ至る54km
 コースのほぼ中央にMackinnon Pass 1073m(マッキノン峠、1073m)が位置しており、Glade WharfからMackinnon PassまではClinton Valley(クリントン谷)の底を流れるClinton River(クリントン川)沿いに北西に向う緩やかな登り、Mackinnon PassからSandfly PointまではArthur Valley(アーサー谷)の底を流れるArthur River(アーサー川)沿いに北東に向う緩やかな下りとなっている。

 このTrackは厳しい規制のもとに管理されているのが特徴。規制の内容は次の通り。
 後述のようにこのTrackを歩くにはGuided Walk(ガイドウォーク)、Independent Walk(個人ウォーク)の2つの手段があるが、ともに1日の入山者数はそれぞれ40人までの制限があり、事前に予約するシステムになっている。 期間は10月下旬から4月上旬まで(年によって変わる)。
宿泊地はそれぞれ別の山小屋を利用する事になっており、連泊は認められない。 つまりガイドウォーカー、個人ウォーカーともにこのコースを3泊4日で歩くことになる。 山小屋以外でのキャンプは一切禁止、歩く方向もGlade WharfからSandfly Pointへ向う一方通行で逆行出来ない。

 1日目2日目は西海岸特有の濃密なRain Forestの中を清冽なClinton River沿いを極めて快適なTrackを遡ることになる。この川沿いのTrackは氷河に削り取られて出来あがったU字谷の底の部分にあたり、両側に数百mの高さの切り立った山並みが延々と続く事になる。
 3日目にMackinnon Passに差し掛かると風景は一変、森林限界の上に出るとフィヨルド特有のU字谷の地形や山並みを上から見渡せる事になり、天候に恵まれれば素晴らしい眺望を目にする事が出来る。峠を越えると再びRain Forestの中のTrackになるが、今度はArthur River沿いを下る事になる。
 4日目もRain Forestの中を歩くが、滝や湖など1、2日目よりも変化に富んだ景観を楽しむ事が出来る。

 Guided WalkとIndependent Walkでは宿泊地が違うため、行程や所要時間にも違いが出るので、章を改めて後述する。


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History of the Track
Trackの歴史

 ヨーロッパ人がNZに来る以前の時代、Fiordland(フィヨルドランド地方)の先住民Maoriの大部分は、現在Milford Southと呼ばれる狭い地域に住んでいた。彼らはここで水鳥の狩猟や、グリーンストーン、軟玉などの貴石を採集していた。これらの貴石は高度に加工され、他の地方へも運ばれていたが、その時に使用されていたルートが現在のMilford Trackとほぼ同じだったらしい。ただ彼らは陸路よりも水路の方をよく利用したようである。

 現在のMilford Trackを語るのに欠かせない人物として、Donald Sutherland(ドナルド・サザーランド)とQuintin Mackinnon(クィンティン・マッキノン)の2名が挙げられる。

 Sutherland Falls(サザーランド滝)にその名を残すDonald Sutherlandは1840年、スコットランド生まれ。 海と冒険を愛した彼はゴールドラッシュに沸くNZに渡り、鉱山業に従事。 1860年代のNZ戦争(マオリ戦争)では国民兵として戦争に参加したが、終戦後は政府所有の蒸気船Stella(ステラ号)の乗組員となる。 彼はこの船からMilford Soundを初めて見る事になるのだが、経験豊かな山師であった彼はここが鉱物資源の豊富な土地である事を確信した。
 彼が最初にMilford Soundに上陸したのは1877年12月1日。 「原住民」に注意しつつ彼はArthur Riverを遡って湖を発見、Lake Ada(エイダ湖)と名付けた。

 一方のQuintin Mackinnonは1851年、シェトランド諸島に長老派教会牧師の息子として生まれる。 1870年代にはNZに渡り、Otago地方でラグビー選手として活躍。 その後30歳のときに測量技師の資格を取り、Lake Te Anauのほとりに家を建てて住むようになった。

 1888年、当時のOtago地方の統括責任者(Chief Surveyor of Otago)C.W.Adams(シー・ダブリュー・アダムズ)はSutherlandに対し、Milford SoundからSutherland FallsまでのTrackを切り開く事を依頼する。報奨金は50ポンドだったという。 同時にAdamsはMackinnonに対して、30ポンドの報奨金でClinton Valley(クリントン谷)からLake Te Anauまでのルートを切り開く事を依頼。 こうしてLake Te AnauとMilford Soundを繋ぐルートが両端から探られる事になった。
 Sutherlandは3人の助手とともに6ヶ月でこの工事を完成。一方のMackinnonは同じく3人の助手を伴って同年9月2日にTe Anauを出発、雨と寒さと食糧不足に悩まされつつも10月16日にMackinnon Passの頂上に立ち、翌日Sutherlandの切り開いたTrackを発見、Lake Te AnauからMilford Soundまでが1本のルートで繋がったのである。

 政府はこのルートの重要性を認識し、TrackとHut(山小屋)の整備を決定。 SutherlandはMilford Soundに"The City of Milford"という名の12室の宿をつくり、1919年に亡くなるまでここにとどまった。 一方のMackinnonはLake Te Anauのほとりに住みながらMilford Trackの最初の公認ガイドとして活躍したが、残念な事にLake Te Anauで事故死した。

 1908年にこの節の冒頭でご紹介した"The Finest Walk in the World"(世界一美しい散歩道)のキャッチフレーズでロンドンのSpectatorという新聞にMilford Trackが紹介され、このTrackが国際的に評判になった。 そして90年以上経った今なおそのキャッチフレーズは色褪せることなく生き続けている。

 当初Milford TrackはTourist Hotel Corporation(ツアリスト・ホテル・コーポレーション。以下THC)による独占状態でGuided Walk(ガイドウォーク)だけが行われており、現在のIndependent Walk(個人ウォーク)は無かった。これ対して1964年にOtago Tramping Club(オタゴ・トランピング・クラブ)のメンバーが「全ての人の自由にTrackを歩く権利」を主張するためのデモ・トランピングをMilford Trackで行った。 彼らは"Freedom Walkers"(「フリーダム・ウォーカーズ」)と呼ばれ、The Fiordland Park Board(フィヨルドランド公園局。現在のDOC)がIndependent WalkersのためのTrackやHutの整備を始めるきっかけとなった。


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